PR

ニュース コラム

【記者発】現実から希望を説いた学者の遺言 大阪社会部・牛島要平

手前から南小島、北小島、魚釣島=沖縄・尖閣諸島(鈴木健児撮影) 
手前から南小島、北小島、魚釣島=沖縄・尖閣諸島(鈴木健児撮影) 

 令和2(2020)年は中国が尖閣諸島(沖縄県石垣市)などへの侵略行為を先鋭化させ、米中対立が鮮明になったことで、時代が大きなうねりを見せた。その年の5月19日に91歳で逝去した中村勝範(かつのり)慶応大名誉教授は1990年代から現在の危機を予見していた政治学者だった。

 中村氏から教えを受けた者として「先生」と呼ばせてもらいたい。先生は幸徳秋水(しゅうすい)、木下尚江(なおえ)ら明治社会主義者の研究などに足跡を残し、近代日本政治史の分野で多くの門下生を育てた。産経新聞の「正論」執筆者でもあった。

 「このままでは日本は滅ぶ」。平成8(1996)年春、先生が大学の講義で学生の顔を眺め、静かに慨嘆した言葉が忘れられない。あのときは理解できなかったが、20年以上が過ぎ、その警告が誇張ではなかったと感じる。

 台湾で同年3月に初めて行われた総統直接選挙を中国がミサイル演習で脅迫し、米国が空母を派遣して中国は手を引いた。講義は「日本政治思想史」だったが、先生はこのニュースを題材に「冷徹に現実を見なければ政治も人間も理解できない」と説いた。

 共産主義につながる思想には毅然(きぜん)と対峙(たいじ)した。同年8月に亡くなった政治学者の丸山真男(まさお)氏は「戦前の日本社会は天皇を頂点とする権力のピラミッド構造だった」と主張して脚光を浴びたが、先生はこの戦後言論界のスターにも容赦しなかった。丸山氏が政治情勢に合わせて「変節」した事実を指摘し、「丸山真男は戦後日本の思想をゆがめた張本人である」と断罪した。

 退職後も先生を慕う人々の勉強会で講演を続けた。幕末に尊皇思想に殉じて若者の心に火をつけた吉田松陰、家柄で父親が苦労した悔しさから国民の精神的独立を訴えた福沢諭吉らについて熱弁を振るい、人間が時代の現実と格闘した生々しい姿から思想の本質に迫る姿勢を貫いた。

 先生は日本の将来に決して絶望していなかった。東日本大震災のとき、東京で帰宅できずに困っていた人を助けた若い女性のエピソードに触れ、「日本人は高貴な民族である」と語った。市井の日本人が紡いできた「思想」の中に光を見ていたのだ。令和3(2021)年、厳しい現実を直視して行動すれば、希望はきっと見つかる。

【プロフィル】牛島要平

 平成12年入社。大阪経済部、神戸総局などを経て、27年5月から経済部でゲーム業界や財界などを担当。令和元年5月から社会部関西空港支局長。

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ