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【一筆多論】技術の優位を生かしきれ 長谷川秀行

米グーグルの量子コンピューター(左)=同社提供
米グーグルの量子コンピューター(左)=同社提供

 解読が困難な暗号としてナチス・ドイツの「エニグマ」を思い起こす人は多いだろう。この解読が連合国の勝利に貢献したことはよく知られている。映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」でも描かれた歴史だ。

 時を経(へ)て現在。電子的にやり取りされる情報を窃取されないよう、日米欧や中国、韓国などが開発にしのぎを削る究極の暗号技術がある。解読不可能なことが理論的に証明されている量子暗号通信である。

 素粒子など極小の世界を扱う量子技術について筆者は門外漢だ。それでも量子暗号などの言葉を目にすることは増えた。例えば政府は今年度から量子暗号通信網の構築へ5年間の研究開発事業を始めた。先の経済対策には人工衛星による関連事業も盛り込まれた。東芝は来年から量子暗号通信システムを事業化する。

 官民で開発に邁進(まいしん)するのは、同様に研究が進む量子コンピューターの存在があるからだ。量子暗号が機密を守る「盾」なら、量子コンピューターは暗号解読に威力を発揮する「剣」である。実用化すれば既存の暗号はことごとく破られる恐れがあり、個人情報や企業秘密はおろか、国家機密も丸裸にされかねない。

 ただ、そんな「怪物」でも量子暗号は解けない。だから、量子暗号の通信網を先行して構築し、守りを固めようというわけだ。

 実用化になお時間を要する量子コンピューターに対し、量子暗号通信はすでに社会実装の課題を検討する段階まで来ている。他方でネット空間では、将来的に量子コンピューターで解読すればいいからと、今から機密を窃取して保存しようとする動きも懸念されている。早期に量子暗号通信を実用化しなければならないことは自明だろう。

 その際に重要なのは、国産技術の確立だ。少なくとも、経済安全保障上の観点から中国に依存するわけにはいかない。その点は第5世代(5G)移動通信システムと同じである。

 当の中国はどの国よりも大々的に開発に取り組んできた。2016年には量子暗号通信を行う実験衛星を世界で初めて打ち上げ、衛星・地上間の通信に成功した。北京と上海をつなぐ通信網も構築している。

 だからといって中国が技術的に優位にあるとみるのは早計だ。むしろ世界をリードするのは、東芝など日本勢の技術力だということは認識しておきたい。

 例えば通信網構築に不可欠な長距離化の技術だ。量子暗号通信では暗号化されたデータを解読する「量子鍵」を光ファイバーでやり取りするが、その距離を少しでも長くすることが重要だ。この点で東芝は世界最長の送信技術を持つ。

 問題は、日本が持つ優位性を存分に生かせるかどうかだ。政府は今年1月、量子技術イノベーション戦略を策定するなど、あらゆる量子技術の研究開発を加速しようとしている。そのためには国家事業として予算などを大規模かつ継続的に投じる必要があろう。

 通信や半導体などの最先端分野で、日本の企業や研究機関が基礎理論や初期の開発で先行しながら成果を十分に享受できず、欧米や中国の後塵(こうじん)を拝する例は多い。量子技術で同じ轍(てつ)を踏んではならない。確実に成果を挙げなければ、国益を損なうという認識を官民で共有することが大事である。(論説副委員長)

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