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【記者発】アスリートは一人では戦えない 大阪運動部・丸山和郎

 レース前、スタートラインに立った彼女は今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。今月4日の陸上日本選手権長距離種目の女子1万メートルで18年ぶりに日本記録を塗り替え、東京五輪代表に決まった新谷(にいや)仁美選手(32)=積水化学。直前の駅伝でも圧倒的な区間新記録をマークし、日本選手権も優勝は確実視されていただけに、周囲の評価と不安げな表情とのギャップに少し違和感を覚えた。

 大会前から「日本新記録を出す」と宣言する一方で、自身のツイッターには「不安」「恐怖」といった言葉を並べている。それがアスリートの本音なのかもしれない。指導する横田真人(まさと)コーチは「『大丈夫だよ』と100回ぐらい言ってレースに送り出した」と振り返る。彼女もピストルの合図が鳴る30秒前にようやく覚悟を決めたという。ひとたび走り出すと、他の選手をまったく寄せ付けない圧勝劇を見せ、また驚かされた。

 新谷選手は2013(平成25)年の世界選手権の1万メートルで5位に入賞しながら「メダルを取れなければ走る意味がない」などと言葉を吐き捨て、翌年に25歳で現役引退を表明し、陸上関係者をあぜんとさせた。今でも「過去の自分は信用できる人がいなかった」と振り返る。引退は一人で導き出した決断だった。

 ただ、約4年のブランクを経て表舞台に復帰してからは、男子800メートル元日本記録保持者の横田コーチと二人三脚でトレーニングを続けている。「寒くて走りたくない」と言って、ごねることもあるが、練習メニューや栄養の管理をコーチに任せ、自身は走ることに専念。「私の自己中心的な発言に耐える苦痛をコーチに味わわせてきた。同い年だけど親のような存在」。信頼できる人がいることが、以前との大きな違いだ。

 トップアスリートでも、メンタルが完璧な人間など誰一人としていない。まして、新型コロナウイルスの影響で先行きが不透明な状況が続いている今はなおさらだ。「メンタルが弱い人間が焦りを抱えたままレースに出ても、自分の走りはできない。私が背負ってきたものを分散してもらっている」。アスリートは一人では戦えない。心強いパートナーを得たからこそ、東京五輪という大舞台にも向かっていくことができる。

【プロフィル】丸山和郎

 平成10年入社。16年から東京運動部でプロ野球巨人、20年から大阪運動部で阪神や高校野球、陸上競技を担当。夏季五輪を2度取材した。

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