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【主張】五輪の正式競技 若者への「媚」が目に余る

新国立競技場=東京都新宿区(本社ヘリから、彦野公太朗撮影)
新国立競技場=東京都新宿区(本社ヘリから、彦野公太朗撮影)

 国際オリンピック委員会(IOC)の描く五輪の将来像に不安を抱く。「若者への訴求力」を求めるあまり、本来の姿を見失っていないか。

 五輪憲章にうたわれた「より速く、より高く、より強く」のモットーが影を潜めつつあるように思われてならない。

 来夏の東京五輪の開催さえ不確実な中ではあるが、2024年パリ五輪の実施競技が承認された。新たにブレイクダンスが採用され、東京五輪の追加競技だった野球・ソフトボールと空手は除外されることが正式に決まった。伝統競技である重量挙げは男女とも階級と出場枠が削られ、レスリングは前大会から男子の階級が減らされている。

 ブレイクダンスが悪いわけではない。確かに見ていて楽しい。だがそれはファッション性、娯楽性の高いエンターテインメントであり、いかにも本来の五輪のイメージからはかけ離れている。

 スケートボードやサーフィンも東京大会に続いて採用された。将来的にはテレビゲームの技量を競う「eスポーツ」の採用も検討されている。

 その一方で、ボクシングを含む伝統競技は、度々除外の危機に立たされてきた。重量挙げのドーピング問題やボクシングの採点不正など、伝統競技の側に排除につながる課題が山積したことは事実である。

 だが、IOCには時代の変化に寄り添うとともに、伝統の守護者としての責務もあるはずだ。若者に見向きもされなければ五輪の存続は危うい。ただし、これに媚(こ)びるばかりでは、存在意義を失いかねない。うまくバランスをとる道を探ってほしい。

 野球の除外には無理からぬ面もある。日本では絶対的な人気スポーツではあるが、北中米と極東アジアを除いて盛んな地域はほとんどない。五輪は野球界の最高の大会とは位置付けられず、米国の多くのスター選手は参加しない。五輪を最高の舞台として研鑽(けんさん)を積む女子ソフトボール界の熱意とは大きな温度差がある。

 まずは東京五輪で競技の魅力を披露することに力を尽くし、パリ後の復帰を目指すなら、日米の野球界が国際的な普及に本腰を入れなければならない。野球界にその気がないのであれば、復帰、除外に一喜一憂するソフトボール選手がかわいそうではないか。

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