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【日曜に書く】論説委員・中本哲也 やさしいことはつよいのよ

◆切ない訃報

 新型コロナウイルスの感染拡大が長期化し、収束が見通せないまま、令和2年は暮れていくことになりそうだ。

 コロナ禍は、人と人との出会い、接触を著しく妨げる。大切な人との別れさえも歪(ゆが)められ、不完全なかたちになってしまうことがある。

 心が狭く、刺々(とげとげ)しくなっていく感じがして、自分が傷つくこと、誰かを傷つけてしまうことを恐れている。

 コロナとの戦いは続くのだとしても、人と人を繋(つな)ぐ心は、あるべきかたちに戻さなければならないと、強く思う。

 3月に亡くなった宮城まり子さんの言葉が浮かんだ。

 《やさしくね やさしくね やさしいことはつよいのよ》

 宮城さんは今年3月21日、93歳の誕生日に悪性リンパ腫のため死去した。

 32年前の昭和63年6月、ヘレン・ケラー教育賞を受けた宮城さんを取材した。

 一度限りで1時間半ほどの短い取材だったが、直接会って記事にしたことがある人の訃報に接するのは、切ない。

◆「ねむの木」の宮城さん

 歌手として活躍し、映画やテレビで人気を集めた宮城さんは、肢体不自由児のための日本では初の養護施設「ねむの木学園」を昭和43年に設立し、半世紀にわたって障害児教育と福祉事業に取り組んだ。園長をつとめながら音楽と絵の先生としても子供たちと接し、障害児の可能性を引き出した。

 「子供たちはみんな、秘密の扉を持っているの。それを開けると、すばらしい才能を発揮して、キラキラ輝くのよ」

 「夢? 自然の中で障害児も健常児も大人も子供も、みんなが一緒に明るく生活する“ねむの木村”をつくること」

 昭和63年6月11日の記事を読み返し、子供のような純真さで質問に答えてくれた宮城さんの優しい、真っすぐなまなざしを思い出した。

 61歳だった宮城さんは、女優業は休止状態だったが、「仕事が来ないだけ。私はいまも女優よ」と、いたずら好きな少女のような表情で話した。

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