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【朝晴れエッセー】呉汁と半纏・11月14日

 私が小中学生のとき、晩秋から冬にかけて母が呉汁を作ってくれた。

 母の呉汁は大豆をすり鉢で粗くすって、母の実家の自家製味噌(みそ)で仕立てた汁だった。するというより砕いたような豆の食感、野菜と味噌の風味が濃い田舎風の汁で、私はこの呉汁が大好物だった。

 当時、わが家は祖母、父、母、兄、妹と私の6人家族だった。丸いちゃぶ台やこたつを囲んで、晩ご飯を食べながら、学校での出来事や友達のことなど、子供たちの他愛のない話を祖母と父母は聞いてくれた。

 呉汁の食卓が始まる時季になると、和裁が得意な母は子供たちに綿入れの半纏を用意してくれた。きょうだい3人は成長期だったから一体何着縫ってくれたのだろう。

 私や兄妹の肩幅や裄丈(ゆきたけ)を測るとき、母は本当にうれしそうだった。ただ、兄や私は照れくさくて、わざと面倒くさそうな顔をしてしまった。今にして思えば親不孝なことをしたものだった。

 呉汁と半纏。これが冬の到来と1年の終わりを感じさせるわが家の風物詩だった。

 やがて歳月が流れ、祖母が亡くなり、兄、妹、私の順で独立した。その後、父、母の順で亡くなった。

 母が他界した年の晩秋、あの頃の食卓の風景が無性に懐かしくなり、妻に呉汁を作ってもらった。

 その呉汁を半纏の代わりにカーディガンを羽織って食べてみたが、あのときの呉汁の豆の食感、母の手縫いの半纏の風合いとは違うものだった。少し、切なかったけれども、家族の思い出はやはり温かいままだった。

吉田正 61 埼玉県久喜市

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