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【風を読む】「立皇嗣」に賀詞を呈したならば 論説副委員長・榊原智

立皇嗣宣明の儀で天皇、皇后両陛下の前でお言葉を述べられる秋篠宮さま=8日午前11時8分、宮殿・松の間(代表撮影)
立皇嗣宣明の儀で天皇、皇后両陛下の前でお言葉を述べられる秋篠宮さま=8日午前11時8分、宮殿・松の間(代表撮影)

 秋篠宮殿下が皇位継承順位1位の皇嗣であることを内外に示す立皇嗣(りっこうし)の礼が8日、執り行われた。このうち「立皇嗣宣明の儀」などは国事行為とされた。次代の天皇がどなたかを明らかにするのだから当然のことである。

 昭和天皇が25歳で皇位に即(つ)かれてから、今の上皇陛下がお生まれになる昭和8年12月まで、皇嗣は長弟の秩父宮雍仁(やすひと)親王でいらしたが立皇嗣の礼のような儀式は行われていない。青年君主の昭和天皇には、皇子がお生まれになることが期待されていた。

 今度の立皇嗣の礼は、自明のことではあるが、今上陛下から秋篠宮殿下、そのご長男の悠仁親王殿下へと皇位が受け継がれていくという正統のあり方を改めて明確にしたといえる。

 悠仁親王殿下は平成18年のお生まれだ。不慮の事態を避ければ、少なくとも今世紀のかなり後半まで、天皇がどなたであるかは見通せる。

 譲位特例法第5条には「皇室典範に定める事項については、皇太子の例による」とある。皇位継承をめぐる秋篠宮殿下のお立場は皇太子に等しい。

 日本の皇室において、廃太子は古代に幾つかの例があるが、その後はほとんどみられない。最後は南北朝時代の直後までさかのぼる。南朝最後の帝だった第99代後亀山天皇が南北朝合一により退位の後、その東宮(皇太子)の護聖院宮(惟成(これなり)親王)が事実上廃太子された。今から600年以上前のことである。

 現代日本は戦乱が生んだ不幸な例を繰り返してはいけない。安定的な皇位継承策を論じ、講ずる際にはまず、今上陛下から秋篠宮殿下、悠仁親王殿下への継承を踏まえるのが自然だ。

 衆議院と参議院は立皇嗣の礼に当たって、全会一致の議決により、天皇陛下と秋篠宮殿下に「慶祝の意」を表する賀詞を奉呈した。ならば、立皇嗣の礼で改めて示された皇位継承の正統の流れを尊重することが道理にかなう。

 秋篠宮殿下と悠仁親王殿下をさしおいて他の皇族が即位されることや「女系天皇」を目指す議論が国会議員の一部にあったのは極めて残念なことである。正統の流れを支えるには旧宮家男子の早期の皇籍復帰が望まれる。国会による賀詞の奉呈を偽りではなく、真心のこもったものにしてほしい。

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