【朝晴れエッセー】母ちゃんで上等・10月30日
いつ頃か、何を思ってか夫は私を「かあちゃん」と呼びだした。ずっと「お恵さん」だったのに…。
本当は嫌だけど「大したもんじゃ! かあちゃんは」とよく褒めてくれるし、「かあちゃん頑張れ」と応援も惜しみない。それだけに憎めない私である。
でも正直、人前ではちょっと…。
ある日、デパ地下で有名シェフ監修のホテルグルメをのぞいたとき、思わず奇声を発しそうに…。
世界珍味のキャビアやフォアグラが威厳を放ち堂々と鎮座し、相当まぶしかったが、その値段にくらくらし始めたとき夫が耳元で「かあちゃん張りこめ!」。こんないらぬ応援には参ってしまう。
ふと隣のサファイアなどのネックレスを首元に連ねたセレブ婦人と目があった。
「高いわね、スーパーが安いわオホホ」。セレブ婦人はそう言いながら笑っただけで何も買わず逃げ出した。それでも私は高級コロッケ1個400円を5個奮発、夫の大好物だ。
何やかやで最近はこの「かあちゃん」がすっかりなじみいつの間にか温かく心地よく耳元へ届いてくる。
「かあちゃんは今まで通りで呼ぶけど、お父ちゃんだけこれからパパって呼ぶ」。35年前、幼稚園へ行き始めた娘の突然の宣言に焦った。「どうせならパパとママにしたら?」「どうしてかあちゃんはかあちゃんなの?」。幼子相手に必死だった自分が何だかおかしくていじらしい。
そろそろ茜(あかね)色に染まり始める私たち夫婦のほのぼの人生、じきに「爺ちゃん婆ちゃん」。こんなぬくもりのある呼び名がお似合いなんだろうな。
那賀川恵子 67 徳島県小松島市