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【風を読む】裁判って何? 論説副委員長・別府育郎

 裁判とは何か、考えさせられる。

 前橋市で平成30年1月、乗用車を運転中に事故を起こし、女子高校生2人を死傷させたとして自動車運転処罰法違反の罪に問われた88歳の被告の控訴審公判が東京高裁で始まった。

 1審前橋地裁は被告に事故の予見性を認めず無罪としたが、新たな弁護人は高裁で「被告は高齢であり、罪を償って人生を終わらせたい。有罪の判決をお願いする」と述べた。

 被告の家族によれば、1審の無罪主張は当時の弁護人の方針で、家族らは最初から争うつもりはなく、無罪判決には驚いたのだという。

 控訴審は検察側、弁護側ともに有罪を訴えて結審し、11月25日に判決が言い渡される。だが、吟味する証拠は1審とほぼ同じだ。被告の意向に判断は左右されない。真実は一つのはずである。建前では。

 高齢の被告は事故当時、低血圧などの症状で通院し、物損事故を繰り返していた。家族が運転を控えるよう強く伝えても聞く耳を持たなかった。

 だが1審判決は、事故時の意識障害は薬の副作用で低血圧となった可能性が高く、医師から副作用の説明を受けていなかったとして事故の予見性に疑問を呈した。被告を無罪に導くという点において1審弁護人は極めて有能だったのだろう。無罪判決後に新たに選任された弁護人は控訴審で、「過去の物損事故やめまいから運転を誤ることは予見できた」と主張した。

 高裁で判決が覆れば1審判決は何だったのか、ということになる。弁護人の選任によって判決が180度変わるなら、それはただのディベート・ゲームにすぎないではないか。一方で被告側の有罪主張が退けられ、1審判決が支持されても、誰も救われない。

 憲法は全ての裁判官に「良心に従い独立してその職権を行う」と求め、弁護士法はその使命を「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」と定めている。検察庁法による検察官の主たる仕事は「刑事について公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求」することだ。それでなぜ、判断が揺らぐのだろう。原発の事故予見性や国政選挙の1票の格差をめぐっても、地裁や高裁の間で判断が割れる。「なぜ」の疑問に明確な答えはあるか。

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