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ニュース コラム

【朝晴れエッセー】看取り・10月13日

 嫁ぎ来て45年、今年の4月、息子が44歳の若さで逝ってしまった。たった3カ月の入院だった。

 余命を告げられても穏やかで笑みも浮かべていた。友人にメールを送ったり同僚の見舞い時にはグループラインで話をした。

 たった一人の外国で生活している弟にもメールをしていた。「お母さん、便箋買ってきて」。勤め先の社長、小学生の頃からの友人3人に手紙を書いた。ミミズのような字で。

 ある時、病室で息子の顔をのぞき込むといきなり「どれだけガマンすればいいんだ!!」と言って私を引き寄せ、左の手のひらで私の頭を優しくなでた。私はもう少しで「生きて!!」と叫びそうになるのを耐えナースコールをした。痛み止めの点滴が追加された。

 病室のベランダから見える庭園にはいつしか桜が満開だった。研修生たちが桜の大木を囲んで記念撮影をしていた。

 ある日、担当の先生が回診に来られ「明日から政府の発表で人の移動が制限されるやもしれません。お父さんお母さんその時は、自宅で待機していてください。何か変化があったときはすぐに電話連絡しますから」とのことでした。

 私は「はい分かりました」とうなずいた。と、その日の昼すぎあたりから吸った息が大きく止まることがあった。やがて喉の動きは静かになった。担当の看護師さんが来てくださった。すぐにS先生も来てくださり、自分の時計を見た。

 私は静かにその横に立っていた。しかし、すぐ私の腕を取り、「お母さんの時計にしましょう」と言って、「2時47分です」と…。みんなありがとう。

 茂呂雅子 70 茨城県坂東市

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