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【日曜に書く】かみしめる移動の自由 論説委員・長戸雅子

東西ドイツ統一から30周年を迎えた3日、ベルリン近郊のポツダムで行われた式典で演説するシュタインマイヤー大統領(AP)
東西ドイツ統一から30周年を迎えた3日、ベルリン近郊のポツダムで行われた式典で演説するシュタインマイヤー大統領(AP)

 旧東ドイツの東ベルリン出身で、現在は愛媛県内子町(人口約1万6千人)の国際交流員として活躍するドレーン・アルントさん(44)にとって「自由の味」はキウイだった。

 1989年11月のベルリンの壁崩壊から2カ月後、当時13歳だったアルントさんは、両親と初めて一緒に西ベルリンを訪れた。

 ほぼグレー一色に覆われ、草木の臭いもした東と違い、西側にはさまざまな色があふれ、せっけんの香りがした。スーパーの果物コーナーで見たことのないものを手にし、即座に買ってもらった。キウイだった。

 帰宅後、「果物なのだからそのまま食べられるはず」と皮ごと口に入れるとチクッと痛みが広がった。「あの痛さは今でも覚えています。初めての西側の味でした」

日本との出会い

 アルントさんが日本に興味を持ったのは平成7年1月の阪神大震災、3月の地下鉄サリン事件だった。あまりに衝撃的な2つの出来事をニュースで見て、もし日本語ができたならどう伝えられるだろう、と日本語に興味を持った。ロシア語など3つの外国語を習得していたアルントさんは、大学で日本学を専攻。16年に政府の「JETプログラム」(外国青年招致事業)で内子町に配属された。

 松山市の南西40キロに位置する内子町は「白壁と木蝋(もくろう)の町」として知られる。江戸後期のしっくいの商家群が約600メートルも連なる美しい町並みは昭和57年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

 ドイツとの縁は深い。町並み保存をテーマに61年に開いたシンポジウムがきっかけで「ドイツ・ロマンチック街道の宝石」といわれるローテンブルクと交流が始まり、平成23年にアジアで初の姉妹都市盟約を結んだ。各国多数の都市から姉妹都市の申し出がある中、ローテンブルクは内子町を選んだ。これを機に町独自の国際交流事業を担うポストが新設された。

町の人々を感化

 アルントさんは一度帰国し、在ハンブルク日本総領事館に勤務した。日本語や知識を生かせる「理想の仕事」だったが、内子の人情や自然が忘れられず、稲本隆壽町長に「帰りたい」と手紙を書き、戻ってきた。

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