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【朝晴れエッセー】運転免許証・9月30日

 20歳の春、運転免許をとるために自動車学校へ通っていた。もう数十年も前の話なのに、それは今でも苦い思い出のひとつだ。

 免許なんて学校へ行けば誰でも簡単に取れると思っていた。友達もそう苦労をせずに取得しているし、近所のおばちゃんでさえ、運転しているのだから。

 ところが、落ちるはずがないといわれる第一段階で、私は3回も落第した。

 校内をくるくる回って、ギアを上げていくだけなのに。正直、なにが悪いのかよくわからなかった。教官は、まだまだやなと、不合格のスタンプを押した。その後も、坂道発進やS字クランク、縦列駐車など私は当然のように落第する。

 愚痴をこぼす私に母親は、それって学校がもうけようとしているんじゃないの?と笑ったけれど、父親はまったく笑っていなかった。

 追加料金を払い続け、人の3倍以上の時間をかけてようやく免許証を手にした私の初めてのドライブは、父親を隣に乗せて町内を走ったことだ。帰宅後父は、二度と運転するんじゃないと言ったきり、車のキーを渡そうとしなかった。

 夫が結婚のあいさつに来たとき、父は、娘には絶対運転をさせないでほしいと頼み、夫はもちろんですと即答していた。

 結婚して6年目に夫と父は相次いで他界した。彼らの愛車を手放すとき、悲しみよりも少しほっとした気持ちを覚えている。

 「運転してはいけない」は、2人の遺言だ。自転車も満足に乗れない私の運転免許証は、今は立派な身分証明書になっている。

佐々木恵美 56 神戸市

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