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【スポーツ茶論】「なおみマスク」もし五輪なら 津田俊樹

 全米オープンテニスで人種差別への抗議としてマスクを着用し、入場する大坂なおみ選手=9月10日、ニューヨーク(ゲッティ=共同)
 全米オープンテニスで人種差別への抗議としてマスクを着用し、入場する大坂なおみ選手=9月10日、ニューヨーク(ゲッティ=共同)

 テニスの全米オープン女子シングルスを2年ぶりに制覇した大坂なおみは、初戦から決勝までの入場時に黒のマスクを着用、人種差別に抗議するメッセージを発信した。白人警官の暴力によって亡くなった人々の名前が記された7枚の“なおみマスク”が大きな反響を呼んだが、もし舞台が五輪だったら、大坂はどうなっていただろうか。

 五輪の憲法といわれる五輪憲章第50条には、こう書かれている。「オリンピックの用地、競技会場、またはその他の区域では、いかなる種類のデモンストレーションも、政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許可されない」

 1968年メキシコ五輪では、陸上男子200メートルの表彰台上で、1位と3位になった米国の黒人選手が黒い手袋をはめて拳を突き上げ、人種差別に抗議したため、大会から追放されている。

 半世紀以上過ぎても厳しい現実は変わらない。米国五輪・パラリンピック委員会(USOPC)のアスリート諮問委員会は今年6月、「もう、黙っていられない」と国際オリンピック委員会(IOC)に50条の改正を求める行動に立ち上がった。

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 差別と闘ったオリンピアンといえば、ボクシング元世界ヘビー級チャンピオン、ムハマド・アリである。60年ローマ五輪ライトヘビー級金メダリストとして凱旋(がいせん)帰国したものの、レストランで「黒人が来るところではない」と追い出され、栄光から一転して屈辱を味わった。その怒り、悲しみから金メダルを川に投げ捨てた。

 プロに転向して世界王者になると、人種差別撤廃、ベトナム反戦運動の先頭に立つ。引退後はパーキンソン病と闘い、96年アトランタ五輪開会式で手を震わせながら聖火を点火した。大会期間中にIOCから改めて金メダルを授与されたときの笑顔が忘れられない。

 2012年ロンドン五輪開会式では、五輪旗入場の一翼を担った。五大陸から選ばれた人権活動家ら8人が運び役として登場、彼らの行進の途中で待ち受け、ほんのわずかとはいえ、五輪旗に触れると大歓声が巻き起こった。

 「The Greatest(最も偉大な人)」と尊敬されたアリの魂は受け継がれているのか。セレモニーを盛り上げるための演出に利用されただけなのか。五輪憲章の「オリンピズムの根本原則」には「すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく」と書かれている。建前と本音を使い分けるIOCと、条文改正を迫る選手との溝は深まるばかりである。

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 翻って、わが国のスポーツ界といえば、何か事が起きると指導者は「つべこべ言わずに、練習していればいい」、選手は「難しい問題だからよく分からない」と距離をおきがちだ。新型コロナ禍による東京五輪開催延期問題をめぐり、日本オリンピック委員会(JOC)の山口香理事が今年7月の開催に慎重な意見を述べると、山下泰裕JOC会長は「内部からそういう発言をするのは極めて残念」と不快感をあらわにした。理事に対しても余計なことを言うな、というのだから推して知るべし、である。

 50条改正の声は欧州にも広がっているにもかかわらず、日本国内では沈黙が続く。東京五輪のホスト国として、IOCと事を荒立てたくないと傍観者のままでよいのだろうか。

 勇気ある行動に打って出た大坂を孤立させないためにも、彼女の背中を追うアスリートの出現を待ち望む。

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