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【日曜に書く】沖縄で久松五勇士を踊ろう 論説委員・川瀬弘至

陸上自衛隊のミサイル部隊を視察する河野防衛相(当時、右手前)=8月8日、沖縄県宮古島市(防衛省提供)
陸上自衛隊のミサイル部隊を視察する河野防衛相(当時、右手前)=8月8日、沖縄県宮古島市(防衛省提供)

 久松五勇士の踊りという、沖縄県の宮古島に伝わる郷土芸能がある。地元の自治会役員によれば島の男たちが5人、サバニと呼ばれる小型漁船をこぐような振り付けで、輪になって回ったり、両手を波のように振ってみせたり、「なかなか勇ましい踊りさぁ」という。

 踊りの歌、「黒潮の闘魂」も勇ましい。

 ♪かけて悔いない男の命 腕も切れよとこいでゆく…

 …と、こんな調子である。

宮古島のヒーロー

 久松五勇士については司馬遼太郎の名著「坂の上の雲」にも登場するのでご存じの方も多いだろう。

 時は日露戦争中の明治38年、那覇の漁師が宮古島の沖合で黒山のような軍艦に遭遇した。ロシアのバルチック艦隊だ。驚いた漁師は宮古島に船を寄せ、役場に急報した。

 島の重役らが仰天したのは言うまでもない。本土へ連絡したいが島には通信設備がなく、石垣島の八重山電信局へ伝令を出すことになった。大役を託されたのは久貝村と松原村の若い漁師5人。荒海にサバニを押し出し、懸命にこいだ。

 ♪沖の煙はロシア船 早く知らせにゃ祖国危うし…

 ♪おお…急げ急げ八重山へ 久松五勇士、男だよ…

 石垣島までおよそ130キロ。5人は15時間ぶっ通しでこぎ続け、海岸にたどり着くや30キロの山道を走り、電信局へ駆け込んだ。本土から遠く離れた島の若者が、国家のために命がけで海を渡る。そんな“愛国美談”は先の大戦後に敬遠され、本土では忘れ去られたが、島では長く語り継がれた。

 昭和40年代には沖縄の音楽家が「黒潮の闘魂」を作曲し、それに振り付けをしたのが、久松五勇士の踊りである。

 この踊りが地元の中学生らに代々引き継がれ、毎年6月の海神祭(ハーリー)や9月の敬老会などで踊られていると聞き、ぜひ取材したくなった。

 宮古島には尖閣諸島を守る海上保安部もある。

 あわせて取材すれば意義ある記事になろう。

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