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【新聞に喝!】空襲被害者を差別する「言論権力者」 元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦

空襲で焼け野原になった東京=昭和20年
空襲で焼け野原になった東京=昭和20年

 戦後75年の夏も、新聞には戦争に関する記事が多く掲載された。その中で私が興味をひかれたのは、朝日新聞夕刊の「現場へ!」欄の、伊藤智章記者による連載「救済なき空襲被害者たち」(7月27日~31日)である。

 空襲被害者への救済は、「旧社会党を中心に、野党の議員提案で戦時災害援護法案が73年から14回、国会で提案された」。運動の中心にいた故・杉山千佐子さんは80年代後半、「主権回復後の50年、連邦援護法を施行。旧軍人と差別なく民間戦災者も支援した」旧西ドイツを訪れ、「なぜ経済大国の日本が、民間人を差別するのか」と驚かれた(第3回)。しかし、空襲被害者の救済は今に至るも実現していない。

 どうしてこんなことになったのか。第1回で伊藤記者自身が次のように述べている。「平和報道にこだわってきたはずの戦後のメディアは、どれだけ取り上げたか。私も取材は、せいぜいこの十数年。やっと2016~17年、連載『救われず71年 空襲、見捨てられた民』を書いた」

 空襲被害者の救済がなされなかった重大な責任は、明らかにメディアにあると言わざるを得ない。私が以前から強く感じていたのは、同じ戦争被害であっても、沖縄戦と広島・長崎の原爆についてはメディアは熱心に報道するのに、空襲の被害に関しては驚くほど冷淡であったということだ。さらに日本軍の重慶爆撃を持ち出して、相対化しようとする傾向すらみられた。

 沖縄は日本で唯一の地上戦が行われ、原子爆弾は歴史上、けた外れの破壊力を持つ兵器ということで、とりわけ重視するのかもしれない。しかし、地上戦や原爆で殺されるのと、焼夷(しょうい)弾で焼き殺され機銃掃射で射殺されるのと、無残に命を奪われる悲惨な運命において一体いかなる違いがあるというのか。

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