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【日曜に書く】論説委員・別府育郎 「勝利至上主義」は悪弊か

第74回全国高校野球選手権 星稜(石川)対明徳義塾(高知)。9回、5打席連続の敬遠四球を受ける星稜・松井秀喜=1992年8月16日、甲子園球場
第74回全国高校野球選手権 星稜(石川)対明徳義塾(高知)。9回、5打席連続の敬遠四球を受ける星稜・松井秀喜=1992年8月16日、甲子園球場

 「勝利至上主義」は、おおむねスポーツの暗部を象徴する言葉として使われる。それは体罰や、高校野球投手の肩の酷使といった不都合の元凶として目の敵とされる。五輪批判の際には「メダル至上主義」と言葉を変えることもある。

 だが勝利を目指さない競技があり得るのか。「五輪は勝つことより参加することに意義がある」といわれるが、多くの勝利を重ねなくては参加できない。公認野球規則は「試合」を「相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする」と規定している。

◆玉の海梅吉

 勝利を求めないなら、それは「敗退行為」であり、すなわち八百長を意味する。

 NHKの相撲解説で人気があった元関脇、玉の海梅吉は昭和59年、「これが大相撲だ 生きて、みつめて」という著書を上梓(じょうし)した。出版前に相撲協会の2トップから「八百長に触れているというのは本当か」と問われ、うなずいた。「それは誰のことか」と次々実名をあげての詰問を全て否定し「自分のことだ」と答えて黙らせた。たった一度の過ちだった。当時の取材でそう聞いた。こうも話した。「相撲は単純な格闘技。そこに真剣で純粋なものがなければ何らのショー的価値もない」

◆小泉信三

 「真剣で純粋なもの」は、勝利を追い求める姿を指した。それがプロの覚悟であるなら、ショー的要素を求めないアマチュアの場合はどうか。

 全日本柔道連盟会長時代の宗岡正二を新日鉄住金(現日本製鉄)の会長室に訪ねたことがある。宗岡はこの夏に開催予定だった東京五輪の目標を「あくまで勝利と、柔道本来の精神の両立を目指す」と話した。

 勝利の希求と嘉納治五郎が唱えた「自他共栄」。それは矛盾しないのか。取材の別れ際、一冊の本を手渡された。上皇陛下が皇太子時代にその教育掛を務めた元慶応大学塾長、小泉信三の随筆集だった。ところどころに付箋があり、ページを繰ると鉛筆で線が引かれていた。そのなかに次の名文があった。

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