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【大阪特派員】金融の街・堂島から巻き返し 山上直子

国内初の総合取引所として運用がはじまった大阪取引所であいさつをする大阪取引所の山道裕己社長=7月27日、大阪市中央区
国内初の総合取引所として運用がはじまった大阪取引所であいさつをする大阪取引所の山道裕己社長=7月27日、大阪市中央区

 倍返しドラマ(「半沢直樹」のこと)がテレビで絶賛放送中だが、こちらの金融ドラマは静かな船出だった。近代先物取引発祥の地とされる大阪に先月末、誕生した「総合取引所」である。

 この手の話になると途端に「?」となるので、低迷する先物取引を活性化するために日本取引所グループ(JPX)が始めた改革-という要点から。これまで東京と大阪で別々だった、商品や証券などの金融派生商品(デリバティブ)に一体的に投資できるようになり、投資家の利便性を高めようというねらいがある。

 それが大阪で、というのがミソだ。海外ではわりと有名なのだが、世界初の組織的な先物取引市場が江戸時代の大阪で生まれた…ということはあまり知られていない。「金融先物市場の父」と呼ばれるレオ・メラメド氏が「大阪はデリバティブの故郷」と述べているのは有名だ。

 「堂島米会所」が、江戸幕府によって許可されたのが享保15(1730)年のこと。

 大阪は天下の台所と呼ばれ、物流と商業の中心だった。大名らは大阪に蔵屋敷を構え、米をはじめとする物産を運んで売りさばいたのだが、もちろん、米を売り買いするたびに重い米俵をやり取りしたわけではなかった。「米切手」というのがあったのだ。各藩の蔵屋敷が米の買い主に発行した証書である。

 やがて在庫の米がなくても資金を調達するときに米切手を発行したり、さらにはその先物取引が行われたりするようになっていく。現物取引は「正米(しょうまい)取引」、先物取引は「帳合米(ちょうあいまい)取引」と呼ばれた。

 後者は正米の受け渡しをせず帳簿の上だけで「売り」と「買い」を突き合わせるから「帳合」といい、その差の授受で決済する取引だ。現代の先物取引の先駆けとされ、米を動かすどころか大金もさほど動かす必要がなく、自在に売り買いできる画期的な方法だった。

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