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【スポーツ茶論】球音響く無観客の球場 別府育郎

9回、無観客の神宮で本塁打を放つ日本ハム・清宮幸太郎=神宮球場(岡田亮二撮影)
9回、無観客の神宮で本塁打を放つ日本ハム・清宮幸太郎=神宮球場(岡田亮二撮影)

 なんとも腹立たしい新型コロナウイルスだが、思わぬ拾い物は、無観客の球場に響く球音だった。特にエース級の150キロ速球がミットをたたく快音は、耳に心地いい。これが野球の音だったのだと、改めて思わせてくれた。

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 音の記憶は昭和58年、宮崎県串間市の中日キャンプにある。前年に引退した解説者1年生の星野仙一さんを取材に赴いた。星野さんは「野村(克也)さんはテレビの前の視聴者をキャッチャーボックスに座らせることに成功した。俺は、視聴者をマウンドに立たせてみせる」と話した。

 ちょっとしたいたずら心だったのだろう。「硬式野球の経験はあるか」と聞かれ、あると答えるとブルペンに連れていかれた。前年までの球団の顔である。「ちょっとこいつを立たせてくれ」と無理を通し、右打席に立たされた。左の技巧派投手だったが、プロの速球の切れ味はすさまじく、右耳に直近のミットの捕球音が響いた。

 プロの速球は、そのものがロマンである。

 並外れた球速と、本塁打の飛距離は、個々の素質によるとしか説明がつかない。

 江夏豊さんに、誰が一番速い球を投げたのか、聞いたことがある。「尾崎行雄(東映)」と即答だった。速球というより、剛球の呼び名がふさわしかったという。もう一人「山口高志(阪急)」の名も挙げた。ともにパ・リーグで活躍した右腕だが、剛速球が体に負担だったか、投手寿命は短かった。もちろん、江夏さんも速かった。

 引退直後の金本知憲さんにも、同じ質問をしたことがある。金本さんは「クルーン(横浜・巨人)」と答え「速球が来ると分かっていても振り遅れたのは彼だけだった」と話した。ただし金本さんは、続けて「レフトの定位置から見る全盛期の藤川球児はもっと速かったな」と付け加えた。

 現在であれば米国に大谷翔平(エンゼルス)がいる。国内には佐々木朗希(ロッテ)がいる。ともに160キロ超の速球を誇るが、その到達点はまだみえない。近い将来、170キロの数値を目の当たりにできるかもしれない。

 無観客のスタジアムに響く大谷が、佐々木が投じた速球の捕球音を聴いてみたい。

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 とはいえ決して無観客興行の続行を望んでいるわけではない。球場の興奮や感動は、選手とともに、観客が作り出すものである。

 その当たり前の事実を、昨秋のラグビーワールドカップ(W杯)で存分に再確認した。日本の快進撃を支えたファンの応援だけではなく、アイルランド人のとてつもない大声による大声援、アルゼンチン人のひたすら陽気な大合唱が、スタジアムを異空間に作り上げていた。

 プロ野球もJリーグも、ラグビーも屋内競技も、一日も早くスタンドが観衆で埋まる日常が戻ることを望む。

 ただ、ラグビーのコンバージョンキックやペナルティーキック時には、スタンドの歓声が一斉にやむ。あの静寂の魅力を、野球の応援にも取り入れることはできないか。コロナ後の球場に、何かいい遺産を残せないか。

 プレーと関係なく鳴り物が響き続ける応援環境は、競技の魅力を半減させてはいないか。これはプロ野球や、Jリーグだけに限らない。屋内競技の音楽やDJの使い方にも工夫は求められる。

 もっと楽しみたいのだ。

 「野球の音」や「競技の音」に耳を澄ましたい。大歓声にも浸りたい。難しい両立を果たしてほしい。観客はぜいたくなのである。

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