PR

ニュース コラム

【赤の広場で】恵まれた時代の特派員

モスクワ郊外のコムナールカの病院で、携帯電話を手にする医療従事者=4月28日(AP)
モスクワ郊外のコムナールカの病院で、携帯電話を手にする医療従事者=4月28日(AP)

 ロシアに住んで2年近くになるが、ロシア語のレベルは、まだまだだと思っている。現代は、辞書やインターネットの翻訳機能が充実しているとはいえ、取材ではこうした「文明の利器」に頼るわけにはいかず、悪戦苦闘の日々だ。先日、菊池寛の小説「蘭学事始(ことはじめ)」を再読し、そんな深い感慨を覚えた。大学生のころの初読時には何も感じなかった。置かれた環境の違いによるものだろう。

 この小説は江戸時代の医師、杉田玄白らがオランダ語の医学書の翻訳を決意し、辞書もなく艱難(かんなん)辛苦の末に「解体新書」を完成させる話だ。小説と同名の杉田の手記を基にしている。

 杉田ら先人の努力で学習環境が多少は向上した幕末に外国語を学んだ福沢諭吉は、手記中の「最初はかじのない船で海に乗り出したようで、ただただ茫然(ぼうぜん)とした」という一節を読むたびに涙が出たと書いている。幕末から明治にかけ多くの若者が外国語習得のために独学し、あるいは孤独に海外留学していった。西洋の知識を吸収し、近代日本の礎となるためだった。

 電話、ネット、辞書…。すべてがある今、海外生活の便利さは当時とは比べ物にならない。しかしそれが甘えとなり、彼らと記者の能力差以上に、語学の上達を遅らせるのだろう。少しでも先人に見習えと、自分を戒める毎日だ。(小野田雄一)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ