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【新聞に喝!】「不要不急」でも読みたい記事 美術家・森村泰昌

サプライズで打ち上げられた花火=大阪市内(渡辺恭晃撮影)
サプライズで打ち上げられた花火=大阪市内(渡辺恭晃撮影)

 産経のみならず各紙が、今月2日付朝刊で大きく取り上げた記事がある。1日午後8時に実施された打ち上げ花火のことである。夏の花火大会がことごとく中止となってしまった花火業者163社が実施した。観客の密集を避けるため、打ち上げ場所は事前に告知せず、同じ時刻に日本全国で一斉に打ち上げられた。5分間だけ夜空を彩ったサプライズ企画であった。

 医療、経済、雇用、教育など、新型コロナウイルスの感染拡大によって問題が山積するなか、花火を打ち上げたからといって、解決の糸口が見いだせるわけでもないだろう。そういう意味では、花火はいわゆる「不要不急」の一例だとも言えなくはない。しかし花火がもたらす抒情(じょじょう)性や祝祭性、あるいは死者の鎮魂や災禍退散への祈願といった宗教性は、確実に多くの人々の心に響いたにちがいない。

 もうひとつ、コロナ時代の文化の問題について考えさせられる試みがあった。大阪府が独自に始めた通天閣と太陽の塔のライトアップである。コロナウイルスの感染状況に応じて色を変え、赤は警戒、黄は注意、緑は基準内であることを表示する。私個人は、これを提案した吉村洋文大阪府知事の政治方針を全面的に支持しているわけではない。しかしこの、ライトアップというアイデアの秀逸さには、素直に脱帽した。

 通天閣は、新世界エリアという大阪のダウンタウンに位置する高さ100メートルほどの、しかし地元自慢のシンボルタワーである。太陽の塔は言うまでもなく、昭和45(1970)年の大阪万博の象徴で、高齢者には懐かしい過去の記憶の記念碑であり、加えて、現代の子供たちからの好感度も十分保持している。

 つまり両者は共に庶民文化のなかに立っている。だからそのライトアップにはどこか親しみがわき、愛が感じられるのだ。これに比べると、東京における同様のライトアップは、私見だが、都政の中枢部である超高層の都庁舎と湾岸の巨大なレインボーブリッジで、どこか冷ややかに突き放した感じがする。

 打ち上げ花火、通天閣や太陽の塔のライトアップは、コロナの渦中でつらさに耐えて暮らす多くの人々に目が向いている。人工知能(AI)がはじき出すデータ分析だけで人々の心は動かない。コロナ時代を乗り切る重要な鍵は、こうした身近な文化の中にこそ見いだされるのかもしれない。報道もしかり。たとえ「不要不急」であっても、心に響く記事も読みたい。

【プロフィル】もりむら・やすまさ

 昭和26年、大阪市生まれ。京都市立芸大専攻科修了。ゴッホなど名画や歴史的な人物に擬した写真作品を発表。著書に「自画像のゆくえ」など。

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