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ニュース コラム

【記者発】今「文化アラート」が鳴っている 大阪文化部・渡部圭介

山本能楽堂で行われた亥々会=1日午後、大阪市中央区(安元雄太撮影)
山本能楽堂で行われた亥々会=1日午後、大阪市中央区(安元雄太撮影)

 文化部は新型コロナウイルスの感染拡大で紙面も記者の頭の中も真っ白になった。先々のスケジュールが真っ白になったのは運動部も同様だが、競技によっては中止や延期のニュースが新聞の1面に載る。ところが文化部関連のイベントや公演に関するニュースはそこまで大きな扱いにならない。スポーツ「観戦」は人々の生活に溶け込んでいるものの、文化的な「鑑賞」はそうでもないのかもしれない。

 自戒するところがある。関係者やファンといった“分かる人”に失礼だから、苦手な分野はその道に詳しい記者に任せておけばいいと任せきりにしていた。

 苦手意識の最たるものが狂言と能だ。同じ古典芸能でも、例えば文楽は人形の滑らかで生々しい動きを見て「すごい」と思ったが、狂言と能は食指が動かない。仕事でなく、人に誘われて見に行ったことはある。狂言は周囲でクスクスと笑いが起きたのについてゆけず、能はいつの間にか舟をこいでしまっていた。

 今、「文化アラート」が鳴っている。

 コロナ禍で大会が中止になり、涙する高校球児がいて、その気持ちに社会は共感を寄せた。でも、狂言や能が中止になって、関係者やファン以外で思いを寄せている人はどれだけいるだろう。表現の場が休止や休館となって関係者の収入は細るし、そもそも文化の世界に生きる人たちは、人の前で披露できないことが最も苦しい。

 私も含め、「鑑賞」も「観戦」のように人々との距離を縮めないと、いずれその文化は危ういことになる。日本の歴史と伝統が詰まっている古典芸能がなくなったら、いくら素人の私でも、日本人としての直感がヤバイと言う。

 素人なりに“分からない人”でも興味をひくよう、古典芸能とファン以外の人をつなぐ工夫は考えなければいけない。例えば、鑑賞中にクスクスの笑いのツボを教えてくれる、スポーツ中継のような解説者がいる場があれば…と思う。「不要不急」などと言っている間に、人々が生で鑑賞できる機会が遠のき、収入が細って数百年の歴史と伝統が断たれる事態を避けるために、関係者やファンの皆さんと問題を共有し、知恵を絞りたい。

                   ◇

【プロフィル】渡部圭介

 平成13年入社。水戸、福島、京都の各総支局を経て大阪社会部で行政や警察を担当。29年に文化部。昨年9月から在阪放送局の取材を担当。

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