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【スポーツ茶論】「6・23」を前に五輪の将来を憂う 津田俊樹

1896年に開かれた第1回近代五輪=ギリシャ・アテネ(AP)
1896年に開かれた第1回近代五輪=ギリシャ・アテネ(AP)

 苦渋の決断だった。「祖国を愛している。でも、女性が抑圧され続けることに耐えられない」。今年1月、イラン女子選手初の五輪メダリスト、キミア・アリザデ選手が亡命を表明し、ドイツで競技を続ける考えを明らかにした、という報道が伝えられた。

 2016年リオデジャネイロ大会テコンドー女子57キロ級で銅メダルを獲得した18歳は帰国後、国民的ヒロインとして政治的宣伝に利用された。「偽善や不正の一部になりたくないから。メダルを取るより難しいチャレンジだった」。3年間にわたり悩みに悩んだ末、母国に別れを告げた若きアスリートの心情をおもんばかると胸が痛む。

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 オリンピックデーの6月23日が近づいてきた。1894年のこの日、クーベルタン男爵の提唱によって近代五輪の復興と国際オリンピック委員会(IOC)の創設が決議された。五輪運動にとって最も重要な記念日である。

 新型コロナウイルス感染拡大による1年延期がなければ、2020年東京五輪・パラリンピック開幕を控え、例年以上に盛り上がるはずだったが、身動きさえできなくなってしまった。

 五輪運動の最近50年を振り返ると、1972年ミュンヘン大会にはパレスチナゲリラによる選手村襲撃事件が起き、イスラエル選手らが犠牲になった。

 79年12月、旧ソ連のアフガニスタン侵攻に反発した米国が翌年夏に予定されたモスクワ大会のボイコットを呼びかける。英仏伊などが選手団を派遣したにもかかわらず、JOCは40年前の5月24日の総会で不参加を決議する。スポーツ界が政治的圧力に敗北した「屈辱の日」となった。

 84年ロサンゼルス大会ではテレビ放映権やスポンサー収入を軸とする商業五輪へかじが切られ、財政難に陥っていたIOCは波に乗ろうとビジネス優先の船団を組む。

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