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【主張】高校野球の中止 甲子園に代わる場検討を

 球児たちの夢は確かに大事だ。しかし、それは命を的にしてまでかなえるものではない。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、日本高校野球連盟は春の選抜大会に続き、6月からの地方大会を含めた全国高校野球選手権大会の中止を決めた。

 収束への出口が見えかけている中での断念は悔しいが、全国から球児たちが集い、長期間の宿泊を伴う甲子園大会のリスクは小さくない。

 全国の約250球場で行われる地方大会は、さらに安全確保が難しくなる。球児や運営関係者の命を守るためにも、中止判断はやむを得まい。

 ただ、集大成の場を奪われた3年生球児たちの無念は察するに余りある。甲子園大会や、同様に中止となった全国高校総体(インターハイ)に代わる試合の機会が設けられるべきだろう。

 日本高野連の八田英二会長は都道府県レベルでの代替大会を模索する動きについて「それぞれの高野連の自主的な判断に任せる」と述べたが、日本高野連が感染防止策を含めて主導するのが筋だ。

 全国では長期間の休校が続き、夏休みの短縮も不可避とみられている。その中での大会開催が極めて困難だったことは理解できる。高校スポーツはあくまでも教育の一環で、学業の最優先は言うまでもない。

 しかし、生徒たちが学業に傾ける努力と競技に注ぐ情熱は、等しい重みを持っているはずだ。何よりも彼らはスポーツ文化の重要な担い手である。その延長線上にプロスポーツや五輪があるという事実も忘れてはならない。

 今回のウイルス禍は、高校野球という国民に愛されてきたスポーツ文化に、根本的な課題を突き付けている。

 「第2波」や将来の新型ウイルスの流行に備え、日本高野連が感染防止策など大会運営のガイドラインを作成しなければならないのは当然だ。

 大事なことは、高校野球を預かる組織としての覚悟を明確にすることである。

 パンデミック(世界的大流行)が起こる度に、中止という悲劇を繰り返すのか。経済的な損失を受けても無観客試合などで大会の歴史を守るのか。その議論を抜きにして、高校野球の未来を語るべきではない。

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