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【新聞に喝!】独り歩きする言葉 美術家・森村泰昌

「オーバーシュート」と書かれたボードを掲げる東京都の小池百合子都知事=3月25日、東京都新宿区(松井英幸撮影)
「オーバーシュート」と書かれたボードを掲げる東京都の小池百合子都知事=3月25日、東京都新宿区(松井英幸撮影)

 新聞をはじめとする報道メディアは、連日、新型コロナウイルスの記事であふれている。それは当然のことなのだが、考えさせられたのは、記事とともに登場する新しい用語についてである。パンデミック、クラスター、ロックダウン、オーバーシュート、ソーシャルディスタンスにPCR検査と、聞き慣れない言葉が次々と現れている。

 今の事態がいかに未曽有であるかが、新用語の多さによく表れている。私は医療についてズブの素人なので、こうした科学用語を耳にして、これは近未来を扱ったSF映画か何かの話なのではと一瞬、あらぬ錯覚に陥った。私よりずっと若い世代の人たちなら、これらの用語を自分たちの感性にさらに引きつけて、新趣向のバーチャルゲームのようなものとつなげて捉えるかもしれない。

 何だかそれは、この非常時にあってはならぬ浅薄さであるようにも感じられるのだが、そう簡単には非難しきれないところに、現代という時代の複雑さがある。例えばあるTV報道によれば、ゴーグルを装着して体験できる3D化したバーチャル映像、いわゆるVRを応用し、これまで困難と思われた外科手術を可能にしたという。

 現代とは、すでに医学自体が仮想現実化しはじめた時代なのであり、ならば現代医学の用語が喚起する感覚とアニメやゲーム感覚がつながって感じられても、それは異常でもなんでもないということになってくる。

 少々話は変わるが、武漢で新型コロナウイルスが発生したとき、各種のニュース報道で、私が初めて耳にした言葉がある。「濃厚接触」というもので、日本に帰国した人の中に、感染者と濃厚に接触した人がいたと報じられた。

 東大准教授で哲学者の古田徹也氏も述べておられるが、この用語から何かしらセクシュアルな人間関係を想像してしまった人も少なからずあっただろう。当初、個人情報保護の観点から詳細が開示されなかったため、言葉が喚起するイメージがさらに秘事めき、間違った連想が助長されていったのかもしれない。

 新しい事態を理解するためには、新しい用語が必須になる。しかし言葉は生き物である。勝手に独り歩きする。時にはそれが大きな誤解や差別を招くことになるが、言葉の独り歩きを規制しすぎると、社会にとって有用かもしれない人材の感受性の芽を摘み取ってしまうことにもなりかねない。扱いには十分慎重になる必要があるだろう。

【プロフィル】森村泰昌

 もりむら・やすまさ 昭和26年、大阪市生まれ。京都市立芸大専攻科修了。ゴッホなど名画や歴史的な人物に擬した写真作品を発表。著書に「自画像のゆくえ」など。

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