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【記者発】刻々と変わる数字の向こう側に 社会部・緒方優子

タレント、志村けんさんの遺骨を抱いて報道陣の前に現れた兄の知之さん。入院したけんさんの最期をみとれなかった=東京都東村山市(尾崎修二撮影)
タレント、志村けんさんの遺骨を抱いて報道陣の前に現れた兄の知之さん。入院したけんさんの最期をみとれなかった=東京都東村山市(尾崎修二撮影)

 10年以上前のこと。母から連絡を受けたのは、大学から帰る電車に乗っていたときだった。胸の鼓動が速まるのを感じながら病院に駆けつけると、家族に囲まれ、祖父がベッドの上に横たわっていた。「まだ温かいよ」と叔母に言われ、恰幅(かっぷく)の良い体に子供の頃のように抱き付くと、懐かしいぬくもりをかすかに感じることができた。

 葬儀の日。認知症が進行していた祖母は斎場の片隅で静かにほほ笑んでいたが、家族に手を引かれてひつぎの中の祖父の顔に触れると、「かわいそう、かわいそう」と言いながら涙を流した。その姿を見て、初めて「ああ、祖父は亡くなったんだ」と実感した。

 今思い返すと、家族の死を受け入れるプロセスが、その数日間にあったように思う。

 新型コロナウイルスの感染拡大が進む中、重症化し、命を落とす人の数も増え続けている。4月末時点で感染症の死者は世界で20万人を超え、国内ではすでに400人以上が帰らぬ人となった。日々更新される数字に圧倒され、正常な感覚がまひしてしまうような危うさを感じ、身近な人との別れを思い出した。

 残酷なのは、入院した患者に家族が面会できないまま急速に症状が進行し、大切な人の最期をみとることや、亡きがらとの対面がかなわないケースが相次いでいることだ。「別れ」のプロセスがないまま、突然、両手に収まるほど小さくなって帰ってきた故人を迎える家族は、どのようにしてその喪失を受け入れればいいのだろうか。

 病院での感染拡大防止は、医療崩壊を防ぐために最も重要な課題だ。そのために、新型コロナウイルスによる肺炎以外の病気で入院生活を送る人たちも、一部で家族との面会が制限されている。その中には、感染症と同様に命の危険を伴う重篤な病気と戦っている人もいる。

 患者の無事を願いながら、病院関係者からの連絡を待ちわび、眠れない日々を過ごしている家族がどれほどいるのだろうか。また、患者のケアや感染防止に奮闘する中で、そうした家族の思いにも向き合い続ける医療従事者の心身の負担はどれほどだろうか。刻々と変わる数字の向こう側にある、数字では量ることのできない痛みにも想像を巡らせていきたい。

【プロフィル】緒方優子

 平成22年入社。神戸、水戸勤務の後、27年から東京本社社会部。原子力取材班、警視庁捜査1課担当を経て、現在宮内庁を担当。

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