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【日々是世界 国際情勢分析】I・ヒラノさんをしのぶ 日系人にルーツ伝え日米関係の礎に

2016年3月、トモダチ・イニシアチブ主催のイベントに参加した東北の大学生、高校生と記念撮影するアイリーン・ヒラノ・イノウエさん(左) (米日カウンシル提供)
2016年3月、トモダチ・イニシアチブ主催のイベントに参加した東北の大学生、高校生と記念撮影するアイリーン・ヒラノ・イノウエさん(左) (米日カウンシル提供)

 日系米国人と日本の教育的交流に尽力した非営利団体「米日カウンシル(USJC)」のアイリーン・ヒラノ・イノウエ会長が7日、71歳で亡くなった。活動の原点となったのは、先の大戦中に「敵国人」として強制収容所に入れられた親族の苦労だった。

 アイリーンさんは1948年、西部カリフォルニア州ロサンゼルスで日系2世の父と日本生まれの母のもとに生まれた。しかし、「両親に百パーセント、アメリカ人であるように育てられた」と生前、地元紙日刊サンのインタビューに答えている。2世の多くは「戦中派」の世代。米国の市民権を得ながら敵国人と扱われた体験から、子供に「米国人らしさ」を望む人が多かったからだ。自らが日系人であることを意識したのは大学で強制収容所について学んだとき。親族から体験談も聞き、その苦労を知った。

 大学院修了後、女性のための社会貢献活動などを経て、88年に仲間と全米日系人博物館を設立し、館長に就任した。鬼籍に入る1世が増え、2世が高齢化する中、資料の収集、保存に尽くし、博物館は日系人の体験を米国の歴史の一部として受け継ぎたいと考える日米の人材が集う場となった。

 90年代の日米関係は湾岸戦争での日本の対応の遅れや市場開放を迫る米国の強硬姿勢で動揺した。日系人が日本に親しみを持てなければ米日関係に悪影響が出る-。そんな懸念から、3、4世に日本を体験させて自らのルーツをよく知ってもらうことを日本の総領事に提案、2000年に在米日系人リーダー訪日プログラムが始まった。

 アイリーンさんが08年にUSJCを創設したのも、この理念の延長線上にある。当時は中国が台頭し、米国の日本への関心が薄れていると懸念されていた。日系人を日本とつなぐ試みは政財界のみならず社会各層の参加を得て、日米関係の礎を築く活動に発展した。11年の東日本大震災後には当時のルース駐日米大使の要請で、日米の若者に交流の機会を提供する「トモダチ・イニシアチブ」も立ち上げた。次世代のリーダー育成がUSJCの使命に加わった。

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