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【風を読む】「黒い白鳥」では済まされぬ 論説副委員長・長谷川秀行

JR大阪駅前をマスク姿で行きかう人々=13日午前、大阪市北区(寺口純平撮影)
JR大阪駅前をマスク姿で行きかう人々=13日午前、大阪市北区(寺口純平撮影)

 新型コロナウイルスの感染拡大を目の当たりにして、かつて評論家の西部邁氏が語った言葉を思い出した。東日本大震災から2年近くたったころ、筆者がかかわった座談会での話だ。

 「予測できない不確実性は『危険』と言わずに『危機』という。確率的に予測できるのがリスク(危険)だ」

 西部氏は合理的に発生を管理できない震災のようなクライシス(危機)の回避には「人間の組織としてどう対応していくかを具体的に論じていくしかない」と語った。どういう事前準備を実践的に行うか、どんな組織が必要かを考えるほかないというのだ。示唆に富む警句だったと今にして思う。

 今回のウイルス禍はしばしば、黒い白鳥(ブラックスワン)にたとえられる。めったに現れないが、発生すると壊滅的被害をもたらす異常事態を表す金融界の用語だ。リーマン・ショックや自然災害などが代表例である。

 対をなすのが「灰色のサイ」だ。黒い白鳥とは異なり、サイは通常、灰色だと皆が認識している。ただ、いつもはおとなしいサイも暴れ出すと手が付けられない。そこから転じ、将来、大問題になることが分かっていながら軽視されがちなことをいう。中国の過剰債務問題などを指すことが多い。

 2つのたとえは、西部氏の言うクライシスとリスクに当てはまろう。なるほど新型ウイルスは黒い白鳥かもしれない。だが、これを予測できない危機として片付けるわけにはいかない。多くの国が危機を見越した実践的な準備や対策を怠ってきたからだ。

 中国はかつての重症急性呼吸器症候群(SARS)時の批判を生かさず情報を隠蔽(いんぺい)して感染拡大を招いた。SARSを教訓に有効な防疫態勢を取った台湾とは対照的だ。日本も水際対策などが後手に回った。非常時の私権制限も十分な議論を重ねてこなかった。

 黒い白鳥にてこずる間におとなしかったサイが暴れ出すかもしれない。著名な歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は著書「ホモ・デウス」(河出書房新社)で、疫病に効果的に対処できるようになった人類は、昔のように未知の感染症を神の怒りなどとはせず「弁解の余地のない人災」と捉えるようになったと指摘した。この点も併せて心に留めておきたいことである。

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