【風を読む】論説副委員長・別府育郎 腹が立って仕方がない
11日で、東日本大震災から9年となる。記憶に強く残るのは、被災直後に訪れた岩手県陸前高田市の光景だ。津波にさらわれた広大な被災地に立ち尽くし、膝が震え、言葉もなかった。
これほどの不幸が、惨事が、悲劇が現代の日本であり得るのか。そう思わせる、すさまじいまでの爪痕の残酷さだった。死者・行方不明者は1万8千人を超えた。多くの人が住む家を失い、住み慣れた町を去った。列島は果てしない悲しみの中にあった。
それでも被災地では、立ち上がる不屈の人たちに会った。例えば宮城県気仙沼市では、津波で家も店も失った喫茶店主が、泥の堆積から掘り出したミルを磨き上げ、たき火のフライパンで煎(い)った豆をひき、避難所で無料の本格コーヒーをふるまっていた。「こっちはプロなんだから、インスタントを出すわけにはいかない」と。
3年後に再訪すると、店主はこう嘆いていた。「避難所で生きることに必死だった人たちが、衣食住を与えられた途端に仮設で自殺したり、孤独死したり。人間って何なんだろうねえ」
東日本大震災後も熊本を、北海道を震度7の地震が襲った。毎年のように豪雨や強風の被害も相次いだ。そして今年は新型コロナウイルスの感染拡大だ。大震災時にはひどく落ち込んだり深く感動したり考えさせられたり、さまざまな感情が激しく揺れ動いたのだが、今回はそれがない。終始一貫、なんだか腹が立って仕方がないのだ。
後手後手の政府、揚げ足取りばかりの野党、進まぬ検査対応、情報統制で感染を広げた中国。マスクの高値転売をもくろむ不逞(ふてい)の輩(やから)、デマに踊らされて紙製品を品切れに追い込む人々。東京五輪の中止や延期に無責任に言及する古株のIOC委員、その尻馬に乗って五輪をおもちゃにする識者。そして目に見えぬウイルス。何もかにもに、とにかく腹が立つ。
もちろんそこには、懸命に病と闘う医師らがいる。増産要請に応じる企業がある。五輪の開催を信じて準備に汗を流す関係者がいる。その日のために技量を磨き続ける選手がいる。
熊本市の大西一史市長は自身のツイッターに「コロナのバカ---っ!」と記した。実際のツイートは「-」の数がずっと多い。気持ちは分かる。