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【日本人の心 楠木正成を読み解く】第5章 戦後75年 記者たちの目に映った「楠公さん」(1)

少年時代の正成を救ったと伝わる矢伏観音。戦時中、召集された住民が必ずお参りした =大阪府河内長野市
少年時代の正成を救ったと伝わる矢伏観音。戦時中、召集された住民が必ずお参りした =大阪府河内長野市
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 先の先まで読む正成の合理主義を最も理解していたのは地元・河内の人たちだった。正成が少年期を過ごした現大阪府河内長野市の矢伏観音には、参拝中の正成を狙った刺客の矢を、観音が起こした突風が防いだという伝承が残る。戦時中、赤紙が来た地元住民は出征前、必ずこの観音にお参りしたという。生命の重みと使い道を知っている正成にあやかろうという思いは、正成の真の姿を知っていたからこそ生まれたのだろうと、筆者は矢伏観音の前で思った。

 昨年1月に始まったこの連載はすべて、戦後教育を受けた記者が担当した。楠木正成については教えられないか、戦争体験と抱き合わせて否定的に学んだ世代である。その記者たちが取材を通じて、どんな楠公さん像を抱いたか。最終章では記者たちの心に根付いた楠公さん像を報告したい。

 ■連載を振り返って

安本寿久(やすもと・としひさ) 昭和33年生まれの61歳。歴史好き、特に「寡を以て衆を制する(小勢で大軍を破る)」日本人好みの武将が好きで、楠木正成はその範疇(はんちゅう)に入る一人として『太平記』などでよく読んだ。

 一方で、正成を主人公とした歴史小説が少ないことに戦前教育の弊害を感じていた。天皇に尽くした忠義一徹の武将像が強調され、神にもなったことで、人間臭さを描くことが難しかったからだろうと思う。

 連載では、縦横無尽の戦術で、大仰で古めかしい鎌倉武士像を打ち破り、新時代を拓いた人物像を伝えたかった。さらには、そうした斬新な発想が、天皇を求心力とする日本本来の形を実現するために生まれたことにも注目したい。天皇は日本人にとって「公」そのもの。「私」を後回しにしても「公」に尽くすのが日本人の心だと、正成は今に伝えている。

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