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【朝晴れエッセー】私は妻に嘘をついている・2月13日

 認知症が進み、要介護5の妻が老人ホームのお世話になって久しい。週2回定期的に面会に行き短い時をともに過ごします。認知症が進んでいるとはいえ夫である私のことは分かるようです。会うと妻は言います。

 「お父さん、一緒に帰っていい、家に帰りたい」

 椅子に座ったまま祈るように見つめる目が、悲しさと寂しさを含んだ涙とともに訴えていました。そのとき私は溢(あふ)れそうになる自分の涙と震えそうになる声を抑えながら妻に言うのです。

 「俺は高血圧や糖尿病がある。通院しなければならないのでお前の世話をするのはむずかしい。俺が元気になったら必ず迎えに来るから、それまでここで待っていてくれ」

 椅子に座ったまま小さくうなずいた妻の手の上に涙が一滴落ちるのを見ました。妻は住みなれた家に帰りたいのだ。私自身も一緒に生きていきたい。「よし、一緒に家に帰ろう」。そう言ってやればどんなに喜ぶだろう。でもここで優しい言葉を掛けてやることはできないのです。

 「必ず迎えに来るから」

 私は妻に嘘をつきました。迎えに来るときは無さそうです。しかし、妻のお世話をして下さるこの介護施設の人たちは認知症の妻に優しく接してくれています。感謝しています。私が妻に嘘を言わなくてもいいように自分自身病気を克服して、いつか2人で過ごす日が来るようにしたい。私は毎日施設のある方の空に向かって心の中で叫んでいます。

 「待っていろよ必ず迎えに行くから」

門脇 文武 75 東京都足立区

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