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【日曜に書く】論説委員・別府育郎 「ミミズのうた」

大阪・心斎橋で殺害された南野信吾さんの遺影を前に、会見する妻の有紀さん=昨年12月2日、東京・霞が関の東京司法記者クラブ(古厩正樹撮影)
大阪・心斎橋で殺害された南野信吾さんの遺影を前に、会見する妻の有紀さん=昨年12月2日、東京・霞が関の東京司法記者クラブ(古厩正樹撮影)

 ◆無知の涙

 「目ない 足ない おまえ ミミズ 暗たん 人生に 何の為(ため)生きるの」

 永山則夫作「ミミズのうた」の詩は、中学生のころ、フォークシンガー、高田渡のレコードで知った。詩は、永山が獄中で記したノートの内容をまとめた「無知の涙」にある。

 本を読んではみたが、特に後半に進むにつれて中学生には難解に過ぎ、身勝手で攻撃的で読むのが辛(つら)く、途中で投げ出してしまった。改めて読んだが、感想はあまり変わらなかった。

 ◆連続射殺事件

 永山は昭和24年6月、北海道網走市で生まれた。家は貧しく父親は失踪し、母親は子を遺棄し、兄、姉は永山を虐待した。不幸な少年だった。青森の中学卒業後は集団就職で上京し、さまざまな職を転々とした。43年10月、米海軍横須賀基地で拳銃と弾丸を盗み、11月にかけて東京、京都、函館、名古屋で警備員やタクシー運転手ら4人を射殺した。当時、19歳だった。

 逮捕、起訴から10年を要した54年、東京地裁の判決は死刑。弁護側の控訴で56年、東京高裁は1審判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。検察側の上告により58年7月、最高裁は2審判決を破棄し、審理を東京高裁に差し戻した。この判決で最高裁は死刑を選択する基準を示し、現在に至るまで「永山基準」として墨守されている。

 差し戻し控訴審の死刑判決を最高裁が支持して、刑は確定した。平成9年8月、死刑執行。48歳だった。

 「永山基準」は9項目を提示して総合的判断を求めたものとされるが、最高裁判決の原文は次の通りである。

 「死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗(しつよう)性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない」

 一向に句点が打たれない悪文だが、意訳すれば、「法律にあるから仕方がないが、いろいろ理由をつけて死刑判決はできるだけ避けよ」と読める。

 ◆「永山基準」

 大阪・心斎橋の路上で通行人の男女2人を無差別に刺殺した被告の上告審判決で最高裁は昨年12月、1審裁判員裁判の死刑判決を破棄し、無期懲役とした大阪高裁の判断を支持した。

 「死刑適用の慎重性、公平性確保の観点を踏まえると、2審判決の量刑が甚だしく不当とはいえない」がその理由である。

 「公平性」とは過去の判例とのバランスを指す。判例を規定してきたのは「永山基準」であり、中でも殺害された被害者の数と犯行の計画性の有無が重視されてきた。俗に「殺されたのが3人以上なら死刑、1人なら原則回避」といわれる。

 東海道新幹線の車内で一昨年6月、乗客の男女3人を殺傷した事件の被告は公判で「3人殺せば死刑になるので、2人までにしておこうと思った」とうそぶき、望み通り無期懲役の判決を得て被告席で万歳をした。

 心斎橋事件では2人が殺害されたが、犯行は「場当たり的」で計画性の低さが死刑回避の理由とされた。遺族にとっては、計画性の有無などどうでもいいことだろう。父親を亡くした中学2年の長女は最高裁の判決に「頑張って決めてくれた裁判員の人たちの気持ちが無駄になってしまった」と話した。

 千葉県松戸市で女子大生を殺害した被告は強姦(ごうかん)強盗事件も繰り返していた。都内の男性を殺害した被告には妻子殺害の前科があった。いずれも裁判員裁判は死刑を選択したが、2審は殺害被害者が1人であることなどを理由に刑を無期に減じ、最高裁はこれを支持した。

 新潟市で小学2年の女児が殺害された事件の裁判員裁判は昨年12月、無期懲役が言い渡されたが、苦渋の評議の末に裁判員の一人は公判後、「永山基準」の見直しに言及した。

 裁判員制度の導入には「国民の常識」と司法判断の乖離(かいり)を埋めることが期待された。37年目を迎えた「永山基準」は今や、その乖離の象徴である。

 最高裁は、裁判員裁判の判断の集積を踏まえた新基準を明示してほしい。刑の執行からも23年。「永山」を、そろそろ成仏させてあげてはどうか。(べっぷ いくろう)

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