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【スポーツ茶論】不幸なスタジアム 別府育郎

サッカー天皇杯、ヴィッセル神戸対鹿島アントラーズの試合前、整列する選手たち=国立競技場(中井誠撮影)
サッカー天皇杯、ヴィッセル神戸対鹿島アントラーズの試合前、整列する選手たち=国立競技場(中井誠撮影)

 元日は新装なった国立競技場で迎えようと決めていた。スポーツイベントとしてのこけら落としとなるサッカー天皇杯の決勝が行われ、神戸が鹿島を2-0で破り、クラブ悲願の初栄冠に輝いた。

 新国立の体感を楽しみに行ったのだが、試合開始後は1人の選手のプレーに目を奪われ続けた。神戸の主将、イニエスタである。自在で繊細で機知に富んだボールタッチはもちろん、守ってもピッチを動き回り、ことごとく鹿島のパスをカットする。

 同僚は「鹿島の選手はイニエスタにパスを出しているみたいだ」と評した。随分前に酒席で、柏時代の洪明甫のプレーに同じ感想を漏らしたことがある。飲みながら加茂周さんは、「そうや。それが明甫なんや」と話した。

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 それにしてもイニエスタ、そんなに優勝がうれしいか。

 元日の東京は寒かったが、半袖姿のイニエスタは試合終盤に交代してもスタッフが差し出すベンチコートを断り、終了のホイッスルとともにピッチに駆け入り、歓喜の輪に加わった。試合後のあいさつは終了時の11人ずつで行われるはずだが試合着のままのイニエスタはピッチを去らず、神戸の選手は12人いた。

 バルセロナやスペイン代表で、あらゆるタイトルを手にしてきたスーパースターである。その彼が興奮していた。攻守に手を抜かないプレーぶり同様、全身で表す歓喜に感激した。審判団の一人一人に握手を求め、インタビューではまず鹿島をたたえ、サポーターに感謝した。

 神戸は素晴らしい選手を日本に呼んでくれた。彼一人を見るだけでも、十分に価値がある元日の決戦だった。

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 肝心の新国立の感想だが一言でいえば「中途半端」である。外観は美しい。スタンドは5万7597人の観客を収容した。小さくはないが「威容」というほどでもない。

 計画変更やさまざまな制約で当初の8万人収容から6万人規模に縮小された。仮設部分も目立ち、依然、工事現場のようでもある。スタンドを大きく切り通したマラソンゲートは競技の札幌移転で五輪では無用の長物となった。五輪後にトラックを残すのか球技専用とするのか、結論は先送りのままだ。

 素直に感動できないのは、そうした生い立ちへの同情や旧国立への愛着が目を曇らせているためかもしれない。

 旧国立には、独特の雰囲気があった。それは歴史が紡いだ物語の集積が生んだものだったのだろう。

 東京五輪ではマラソンのゴール直前、トラックで円谷幸吉が英国のヒートリーに抜き去られた。1万メートルでは周回遅れのカルナナンダが大歓声を浴びた。世界陸上ではカール・ルイスとマイク・パウエルが走り幅跳びで世界最高の死闘を演じた。

 サッカーではワールドカップ出場をかけた日韓戦で木村和司がFKを、山口素弘がループシュートを決めた場所を克明に覚えている。ラグビーでは新日鉄釜石や神戸製鋼の7連覇をここで目撃した。

 こけら落としの新国立にそうした物語がないのは当然である。元日のイニエスタや、夏の東京五輪、パラリンピックのドラマの集積が初めて、競技場を特別の場所として育てるのだろう。

 そのためにも、器には、でんと構えていてもらわなくては困るのだ。五輪後の姿さえあいまいなままの国立は、不幸なスタジアムである。スポーツ界は自らの大事な住み家として、全力で国立を守り、育て上げてほしい。

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