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【朝晴れエッセー】桜色のネイル・1月17日

 しわの増えた68歳の手に久しぶりにネイルをした。

 半世紀前のことである。

 入院中の母を学校帰りに見舞っては、たわいのない会話をするのが日課だった。

 いつものように話をしていると、母が何気なく自分の病名を尋ねてきた。当時は患者本人に病名は告知しないというのがおおむね、社会の風潮だった。

 とっさにどうにかごまかしたが、今にして思えば見え見えの小芝居だったろう。

 それ以後、母は一度も病名について尋ねることはなかった。いつからか手のひらを病室の天井に向けて、じっとその手を見つめていることが多くなった。

 ある日、マニキュアをしてほしいと頼まれ、淡い桜色のマニキュアをしてあげた。うれしそうに手を見つめる母の目からは、涙が流れていた。

 母はすべて悟っていると気が付き、胸が張り裂けそうだった。

 しばらくして母との別れの日が訪れた。

 私はベッドの中に腕を伸ばし、母の手を強く握った。

 温かかった。

 静寂の病室に医師の臨終を告げる声が遠くに聞こえたが、私はすがるように母の手を離さなかった。看護師さんに促されるまで…。

 17年間の母との思い出はすっかりセピア色に変わってしまったが、最期まで握っていた手のぬくもりは今でも鮮明に残っている。

 51回目の命日。仏壇に母の好きだった芋ようかんの傍らに、桜色のネイルも添えた。

大澤好子 68 静岡県伊東市

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