PR

ニュース コラム

【一服どうぞ】互いに気遣う「主客互換」 裏千家前家元・千玄室

 先日、テレビを見ていて驚いた。小学6年生の男の子たちがボールで遊べる場所がほしいと陳情し、その場所を確保したという。陳情の内容や態度もその辺の政治家などよりよほどしっかりしていた。しかし、それほど外遊びの場所がないとは知らなかった。東京ではほぼ100%の公園でキャッチボールなどの球技が禁止されており、学校の校庭でもしかりとか。これでは室内でゲームばかりしていることを注意できまい。

 外で遊べと言っても肝心の遊び場がないではないか。この子たちは自分たちの遊び場がほしいのは当然としても、幼い子らに危険が及ばないように配慮してのことだったとか。自分たちより弱い人たちをおもんばかる心を持っていて今の大人などより、よほどしっかりしている。

 自分の子供の頃を思い出してほしい。まだ空き地や草原がそこそこ有り、そこで日暮れまで遊んだであろうし、塀などにボールを当ててキャッチボールに興じたこともあっただろう。その記憶をどこかに置き忘れ、小学校の児童たちの声がうるさいなどの苦情を役所に寄せ、役所もまたそれに対応している。このようなことは本末転倒である。確かに病人などのいる家庭では気になることもあろうし、それに対応する必要が生じるのはやむを得ないところだが、本来子供は元気に走り回り声を出すものだ。

 山上憶良(やまのうえの・おくら)の歌にも「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」とある。子供は社会全体で育てていくものである。

 昨今、義理の関係はおろか自分の子供でも虐待し死に至らしめてしまうという心を痛める事件が次々と報道される。いったい日本人はどうしてしまったのだろうか。茶の間でちゃぶ台を家族みんなで囲み、ぜいたくではなくとも母親が作ったおかずを分け合って、その日にあった事柄などを子らが口々に話しながら頂いていた風景はどこかに消えてしまっている。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ