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ニュース コラム

【日曜に書く】神戸の医師が残したもの 論説委員・河村直哉

 遠いむかしの、取材者としての記憶でしかない。しかし幾人かの笑顔がいまも浮かんでくる気がする。

 瓦礫(がれき)の一角を片付けて設けられた祭壇の、ふくよかな幼女の遺影。あるいはひっそりした仮設住宅の一室の、はにかんだ少女の写真。

◆阪神大震災25年

 平成7年1月17日の阪神大震災からやがて25年となる。よみがえる遺影のおもかげにはもう1人の笑顔が重なる。

 大震災直後から、筆者は面識のあった若い精神科医に頼んで、産経新聞で被災地の精神的な問題について連載してもらっていた。

 炎の中を逃げまどい、耳にこびりついた「助けて」という声に苦しむ人。興奮して支離滅裂に話す被災者。彼は耳を傾けた。子供を亡くした親が思いを語り合う集いにオブザーバーとして参加し、うなだれるように聞き入った。

 それらを、いたわりに満ちた優しい筆致で書き留めた。阪神大震災で注目された「心のケア」の、中心にいた人だった。

 彼自身も神戸で被災していた。医師として全力で働きながらの執筆は、相当な負担を強いたことだろう。連載をもとにした著書『心の傷を癒(いや)すということ』でサントリー学芸賞を受賞し、さらに有名になり多忙になった。

◆NHKドラマ

 そこで示された方法や知見は、阪神大震災後、災害が多発するようになった日本の、貴重な財産となっている。

 大震災から5年後、肝細胞がんのため彼は40歳にならず亡くなった。3人目の子供が生まれた2日後だった。発病は働きすぎが原因だったと、考えざるを得ない。

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