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【朝晴れエッセー】母の涙・1月11日

 母が亡くなって昨年末で13年になる。そんなになるんだなあ、と思いつつ、母が生きていたときは、月に二回ほどは新幹線や夜行バスを利用して帰省していた。母がいなくなったことで、郷里の秋田へはお盆や彼岸の日に行く程度に減ってしまった。母に申し訳ない気持ちがしている。

 私は東京で働いていたので、母は寒い北国でひとりで暮らしていた。元気な人だったが、しだいに認知症のきざしが表れたため、市の福祉課に相談して、ヘルパーさんの家庭訪問やデイサービスを活用した。その後、老人保健施設へ入所もした。施設に会いに行ったときは、友人の車に乗せてもらって、気晴らしに母を地元の温泉に連れて行くことがあった。楽しそうな母の姿にほっとしたものだ。

 あるとき、温泉でくつろいだ後、施設に帰る車中で、母は「次の角を左に曲がって!少し行ったら家だから」と言った。確かにその通りだったが施設に戻るには角を曲がらずまっすぐ進むしかない。母は再度、

 「お願いです。曲がってください。ユウ子が学校からお腹をすかして帰ってくる。ご飯を作らないといけないから家に帰してください。お願いです!」と必死に頼むのだ。

 「ユウ子は私だよ。ここにいるよ」と言っても、母は首を横に振って、家に帰して、と言うばかりだ。ほとんど涙を見せたことがない母の目に涙があふれていた。

 車は曲がることなくまっすぐ走った。「ああ…」と母は声を上げ、下を向いてしまった。

 あの日あのときの母の言葉や涙を思い出すと、いまも私は涙がこみ上げてくる。子供の私を心配し育ててくれたこと。そして、切れ切れの母の記憶のなかに、確かに私が存在していたことに、ただただ感謝している。

樫本ユウ 73 東京都北区

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