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【朝晴れエッセー】やさしい時間 全国から力作 一日の始まり応援

働き方改革
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 ■7月の月間賞 『働き方改革』

 「働き方改革はうんざりだ」とは口が腐っても言えない。でも、総務の仕事は増えた。

 総勢40名の会社。5人で総務・人事・経理を担う。しかも働き方改革そのもの。介護で残業不可の私、3歳児の時短ママに、定年退職後再雇用のKさん、パート社員に派遣社員。いつも時間との戦いだ。

 15時退社のパートさんが「銀行の入金確認ができていません」、Kさんが「わかった」と引き受ける。16時退社の時短ママが「明日の会議の机配置お願い」、Kさんが「わかった」と引き受ける。17時退社の派遣社員が「郵便物切手まだです」、17時半退社の私が「この書類に社長の検印が」、Kさんが「わかった」と引き受ける。こうして働き方改革が回っている。AI投資にはお金も要るし、人員補充には人手不足も追い打ちをかける。中小企業には厳しい現実。

 Kさんは仕事が趣味だからと休暇も冠婚葬祭以外は取得しない。そんなKさんに、働き方改革で年5日の有給休暇取得は義務と伝えると、「困ったなあ。要らんわ」と言うが、お国の方針。Kさんの有給取得日を5人で計画する。この工程を短くして、この作業を分担したら、休んでもらえるねと笑い合う。Kさん「何しよう」と困り顔で、また笑い合う。

 17時半。「Kさん」と言いかけた私に「わかった」と返事。「何かわかったの?」「いや、わからんがわかった」。今日も回った。

 雑賀明美 63 大阪府藤井寺市

 時宜を得たテーマ。職場の混乱ぶりを軽妙に描きつつ本質を突いた。会話をうまく繋ぎ臨場感が生まれた。

僕の「日本の一番長い日」
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 ■8月の月間賞 『僕の「日本の一番長い日」』

 私は昭和13年生まれで、8月15日までは当時の国民学校生だったわけです。子供の遊びは戦争ごっこ。胸に大将の階級章をつけ、部下の兵隊たちを指揮するガキ大将でした。神社の境内が戦場でした。

 その日は正午を過ぎたころでした。突然、校庭に全校生が整列させられました。校長先生のお話がありましたが、さっぱり意味が分かりません。「戦争は負けた!」のあと、先生と上級生の号泣が響き渡りました。すぐ下校するようにと言われ帰宅したら、あちこちに大人たちが集まって、不安げに話し合っていました。「兵隊さんは米軍に殺される」と耳にしたとき、大変なことになったと思いました。

 神社では兵隊たちがいつものように集まっていました。「早く、兵隊ごっこやっぺよ!」「今日はやんめ、おれが大将であったこと、しゃべちゃだめだっぺ!」。胸の大将章を外し、竹の軍刀も壊しました。リヤカーで作った戦車の砲身も外してすべての戦後処理は終わりました。泥だらけの顔にシャクリがこみ上げ涙があふれました。

 そして身を隠すため家の押し入れのふとんの中にもぐり込みました。そのまま眠ってしまい、母が僕を見つけたときは、日はとっぷりと暮れていました。こうして僕の「日本の一番長い日」は終わりました。

 あれから74年、小さな村の竹馬の友は戦後の混乱の時代をたくましく乗り越え、今では毎年同窓会を故郷で開き強い絆で結ばれております。終戦の日がくると「僕の日本の一番長い日」がよみがえってくるのです。

 高野勇 81 茨城県取手市

 “僕の”終戦の日というテーマがいい。遊び仲間を「兵隊たち」など比喩の使い方もとてもうまい。

消去できない電話帳
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 ■9月の月間賞 『消去できない電話帳』

 戦後のベビーブームの昭和22年に生まれ、ことし亥年の年男で72歳になった。“団塊世代”の始まりの年齢だ。体育館をベニヤ板で間仕切りしたすし詰め教室への入学から、進学、就職、結婚、子や孫の誕生、高度成長期とバブルの崩壊を経て、現役からリタイア。老後2千万円不足問題のようなことは言われる前からの心配事なので、意識してアルバイトを続けてきた。

 いつの間にか同窓会も、友人の逝去報告と黙祷(もくとう)から始まるようになっていた。周りには、いつも同じ年がたくさん居て競争のようにきたけれど、この先天国に行くのも団体さまになるのかなあ。

 中には当然、忘れられない相手がある。うれしい時悲しい時、他界したあの人物なら何と言うだろう、どう共感するだろう。同じ思い出を語れる人が減っていく。未練がましいようだが、逝去後すぐにスマホの電話帳から消去するのは忍びない。消すどころか近ごろは、宛先のプロフィルに没年などを書き加え、備忘録にしてきた。

 あるとき電話帳の整理中、発信ボタンに指が触れてしまったらしい。突然の鳴動で、もたつくうちに何とあの声が出たのだ。えっ、どうして…幻聴か、おれはボケたか。

 だが現実だった。声の主は故人の息子。しどろもどろに聞いたのは、生前愛用の品を簡単には整理できなかったそうだ。亡くなったことを知らない人からの連絡を受けることもできるので、電話番号の「承継」手続きをしてそのまま解約せずに持ってきたという。

 渡辺祐司 72 千葉県八千代市

 消せないアドレス、捨てられない携帯電話、にじんときた。多くの人が共有する普遍的なテーマを描いた。

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