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【日曜に書く】論説委員・森田景史 「すねの傷」は小さな誇り

 4年ほど前に訪れた福島市で、「転び方を知らない子供が増えた」とスポーツ指導者から聞いたのを思い出す。東京電力福島第1原発の事故により長い間、外での遊びを制限された子供は多かった。戸外で基本的な動作を身につけなければならない時期に、家の中で過ごした影響だという。

 習慣がもたらす体の変化は時間差で表れる。だから怖い。年々数値が落ちている「ソフトボール投げ」も、その典型かもしれない。わが家の近所には、高速道路の高架下に猫の額ほどの公園がある。鉄筋コンクリート製の橋脚には「壁当て厳禁 壁当ての音は近隣の人にとって不快でしかありません」と張り紙があった。投げる動作を知らない子供が増えれば、数値がそれを映すのは成り行きだろう。近隣の大人たちにとって高架の上を走る車の騒音は気にならず、ボールを壁に当てる音が耳に障るという。子供たちには窮屈な時代になった。

 今回の結果にあわてたスポーツ庁は、幼児期からの体力づくりを検討する会議を設置した。怖いのはしかし、子供の体力低下ではなく、子供らしさを失ってしまうことだと思う。いまさら便利な社会を不便な時代に戻せないのと同じで、子供の内面もきょうあすで作り替えの利くものではない。運動の時間を機械的に増やすのではなく、外で遊ぶ楽しさを子供の中に落とし込む方途を編み出さなければ、議論倒れに終わるのは目に見えている。

◆知ってほしい遊ぶ楽しさ

 「すねに傷」ならぬ「すねの傷」を持つ身としては、体を動かす能力が人並みだったとしても、仲間と風を巻いて走った経験がひそかな自負を胸に宿してくれたとの手応えがある。「ずる」をして負った傷だが、後ろ暗い傷ではない。向こう傷だといまも思っている。そんな経験を、いまの子供たちにも積み重ねてほしい。

 小学4年に上がると同時に、筆者の通う学校は新設校と分離され、リレーメンバーの半数以上が新しい学校へと移っていった。俊足8人に名を連ねてからすでに40年余りがたち、右すねの傷も痕跡をうっすらととどめるのみになった。散り散りになった仲間たちとは、その後、一度も会っていない。(もりた けいじ)

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