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【直球&曲球】野口健 娘の覚悟に自分の姿が重なった

野口健さん
野口健さん

 昨年末、ヒマラヤ遠征を終え、エベレスト街道の玄関口でもあるルクラ村から小型機でカトマンズに向け離陸したときのこと。同行した娘が窓からエベレストの雄姿を見渡しながら涙を流す姿に、「14歳(当時)で5千メートル峰への挑戦はさぞかし厳しかったのだろう」と感じていた。

 しかし、後に彼女から「あの涙は苦しかったからではなく、スケールの大きいヒマラヤを眺めていたら自分の存在があまりにちっぽけで、何のために生きているのかと思ったら、自然と涙が流れた」と聞かされた。娘の言葉にハッとさせられた。僕が初めてヒマラヤに挑んだのは19歳の時。娘と同じように「自分は何者なのか。何のために生きているのか」を人生の最重要課題として向き合い、格闘し、もがいていた。あの頃の自分と娘の姿が重なった。

 ヒマラヤから戻った娘は「今の学校を辞めたい。もっと厳しい環境に身をおきたい。できれば知らない国の現地校でチャレンジしたい」と言った。そんな娘に「退路を断つ覚悟はあるのか」とただしたら「覚悟はある」と一言。親としても、全面的に応援することにした。

 自分自身を振り返ってみれば、高校時代に暴力事件で学校を停学となり、停学明けに父親に山に登りたい!と相談したら一言、「分かった。厳しい世界だ。やるなら腹をくくってやれ。間抜けな死に方はするなよ」と背中を押してくれた。

 その後、僕がヒマラヤに挑戦する度に「ひょっとしたらひょっとするかもしれない」と覚悟していたに違いない。親であれば、子供の挑戦にはハラハラ、ドキドキさせられるものだ。親になってみて初めて両親の気持ちが分かった。

 ニュージーランドの現地校に旅立った娘から便りが届いた。「全てが英語で、自分の名前を呼ばれたのも分からない。友達もできないし…ひとりで泣く夜もある。人生、甘くないとつくづく本当に感じた。でもやるしかない」とつづってあった。

 「人生つくづく甘くない」。そう感じられたことこそ最大の学びではないだろうかと感じている。

【プロフィル】野口健

のぐち・けん アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化問題、戦没者遺骨収集など、幅広いジャンルで活躍。著書に『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)。

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