PR

ニュース コラム

【日曜に書く】論説委員・中本哲也 「絆」は繋がっている

イタリア戦でトライを決める南アフリカのチェスリン・コルビ=静岡スタジアム(蔵賢斗撮影)
イタリア戦でトライを決める南アフリカのチェスリン・コルビ=静岡スタジアム(蔵賢斗撮影)

 心地よい高揚感が今も持続している。

 ラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会の閉幕から50日になる。大会のすべてが壮大な「人間賛歌」だった、と思える。

 「過去最高のW杯」を締めくくったのは、決勝のイングランド戦で攻守にわたって躍動した南アフリカ代表だった。

 その熱戦に酔いながら、かけだしの社会部記者だった32年前に取材で会った2人のことを思い起こした。

 「キャプテン・モリ」と呼ばれ海外にも知られた日本海運界の長老、森勝衛さんと、作家で英王室顧問もつとめたローレンス・ヴァン・デル・ポスト卿である。

 日本と英国、南アフリカを繋(つな)いだ2人の絆について、改めて書き記しておきたい。

◆キャプテン・モリ

 昭和62年10月4日、東京都小平市の自宅で、森さんはポスト卿を迎えた。当時80歳のポスト卿が「キャプテン・モリ!」と声をかけ、97歳の森さんの手をしっかりと握った。翌日のサンケイ新聞朝刊社会面で、2人の再会を伝えた。

 森さんは明治23(1890)年、熊本県生まれ。「商船三井の歴史」から引用すると、「当社は長い歴史の中、数々の名船長を輩出してきましたが、グレートキャプテンと言えばこの人。日本人船長として常に国家を代表する気概と矜持(きょうじ)を持って、明治・大正・昭和の三代を海一筋に生き抜いた」。

 ポスト卿は1906年、現在の南アフリカの一部となる植民地に生まれた。父はオランダ、母はドイツ出身。のちに英国籍となりナイト(サー)の称号を受ける。取材時の肩書は英王室南アフリカ担当顧問、チャールズ皇太子の側近中の側近といわれる。南アの先住民「ブッシュマン」を愛した探検家の顔も持つ。

 年齢も国籍も違うキャプテン・モリとポスト卿を結び付けたのは、南アフリカでの「人種差別との闘い」だった。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ