PR

ニュース コラム

【朝晴れエッセー】昔の修学旅行・12月11日

 私は1933(昭和8)年生まれで、現在86歳の後期高齢者です。

 幼時(昭和20年)太平洋戦争敗戦の1年くらい前に父母の生家、新潟の越後平野へ疎開しました。

 当時、東京では食糧事情が悪く、豆腐屋さんでオカラを買うために並んだ覚えがあります。越後平野は田んぼ平野ですから、米だけは豊富にありました。

 私は父(戦死)の実兄の農家に預けられまして、学校と農業の二股をかけもつことに、自分から進んでするようにしました。他に兄1人、弟2人も同じ境遇。母も農家育ちでしたから、昔の友達の家で世話になりながら、農業を手伝っていたようです。

 それこそ農地さえあれば、一家して食べていけるほどでしたが、私達はあまりにも幼な過ぎました。

 学校はほとんど行ってないのに、やがて一人前に6年生となり、修学旅行の季節を迎えました。でも行きたくなかった。理由は履物がないこと。ふだん田んぼへはもちろん裸足(はだし)、学校へも裸足、だけど田舎の子達も同じだったから、恥ずかしくはない。だけど修学旅行だけは“よそ行き”があるらしい。

 ところがある朝、玄関に真新しい草鞋(わらじ)が二足ぶらさがっていた。かかさんが囁(ささや)いてくれた。

 「ゆうべ伯父さまが編んでくれたんよ」

 行き先は、毎日拝める越後平野の守り神、弥彦(やひこ)山におわします弥彦神社。徒歩片道約4時間。

小林 弘衛(こうえ) 86 栃木県那須塩原市

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ