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【一筆多論】ご遺骨をどうするのか 遠藤良介

収容した遺骨を荼毘に付すJYMA日本青年遺骨収集団の学生=平成22年8月、ロシア・ハバロフスク州
収容した遺骨を荼毘に付すJYMA日本青年遺骨収集団の学生=平成22年8月、ロシア・ハバロフスク州

 一人一人にあったであろう人生と最期を思い、何度も涙がこぼれた。戦後のソ連に抑留され、亡くなった方々の遺骨収集を取材したときである。平成27年7月だった。

 現場はロシア極東の拠点都市、ハバロフスクから鉄道で10時間ほどのコムソモリスク・ナ・アムーレ郊外。シラカバの深い森を分け入った一角で、日本人とロシア人の一団が黙々と土を掘った。

 冬には大地が凍土と化し、夏は大量の蚊やブヨが飛び交う過酷な地である。かつてここには野戦病院があり、抑留中に死亡した日本人が埋葬された。一団はロシア側の資料や事前調査をもとに、戦後70年近くがたっても残された遺骨を探した。

 10日間の作業で収容されたのは39柱だった。最終日には焼骨式と追悼式が厳粛に営まれ、厚生労働省の派遣団長は遺骨に語りかけた。

 「わが国はめざましい発展を遂げるに至りましたが、その陰に皆さまの尊い犠牲があったことを忘れておりません。皆さまを祖国にお迎えすることは、遺族や関係者はもとより、日本国民の長年の願いでした」

 国は28年の戦没者遺骨収集推進法で、戦没者や抑留犠牲者の遺骨収集事業を「国の責務」と位置づけ、28年度からの9年間を「集中実施期間」とした。実際にはしかし、収集できた遺骨の数は減少傾向にあり、成果は見えてこない。

 今年発覚した厚労省の「遺骨取り違え問題」が状況をさらに複雑にした。11~26年にロシアの9カ所で収集された597人分の遺骨が、日本人のものでない可能性が出てきたのだ。10年以上も前からDNA型鑑定の専門家が「取り違え」の可能性を指摘していたが、厚労省はこれを公表していなかった。

 遺骨はロシア人専門家の鑑定を経て持ち帰ったもので、手続き上の問題はなかったかもしれない。だが、指摘を受けても放置し、善後策を講じなかったのは怠慢である。

 この問題を受けて強まっているのが、現地での焼骨を行わずに遺骨を持ち帰り、日本で科学的鑑定に付すべきだという意見だ。現地での人類学者による鑑定では誤りが看過されうるとの危惧が根底にある。

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