PR

ニュース コラム

【日曜に書く】論説委員・別府育郎 「いだてん」と東京五輪

 大河ドラマ「いだてん 東京オリムピック噺」が面白い。視聴率で苦戦しようが、出演者が不祥事を起こそうが、面白いものは面白い。

 物語はいよいよ1964年の東京オリンピックを目前に佳境を迎えている。宮藤官九郎脚本らしきデフォルメと諧謔(かいぎゃく)の中に、史実や事実が意外や忠実に近く盛り込まれてもいる。

◆ジャカルタアジア大会

 ジャカルタで開催されたアジア大会で物語後半の主人公、阿部サダヲ演じる五輪組織委事務総長の田畑政治は国際政治に翻弄され、浅野忠信が演じる五輪相、川島正次郎の策謀により辞任に追い込まれる。阿部や浅野の好演、怪演もあって緊迫のシーンが続いた。

 ジャカルタのアジア大会は東京五輪の2年前、62年8月24日に開幕した。

 だが中国やアラブ諸国との関係を優先するスカルノ大統領のインドネシア政府は台湾とイスラエルにビザを発給せず、大会から締め出した。

 2年後の五輪開催国でありインドネシアの友好国でもある日本は「加盟国の参加を拒否するなら正式な競技大会として認めない」とする国際オリンピック委員会(IOC)との間で板挟みとなり、混乱の末に全競技に参加する。田畑は組織委会長の津島壽一とともに、その責任を取る形で辞任した。

◆「お嬢さん 踊り出す」

 東京五輪を控え、大会にはサンケイ新聞も精鋭の取材団を送り込んだ。

 キャップは、後に初代編集局長として夕刊フジの創刊を牽引(けんいん)する社会部の山路昭平。最年少は当時29歳、社会部遊軍の石井英夫だった。石井は2年後の東京五輪開会式を1面で活写し、後に35年にわたって1面コラム「産経抄」を担当する。

続きを読む

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ