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【スポーツ茶論】ノーサイドの精神 別府育郎

ノニト・ドネアを攻める井上尚弥(右)=さいたまスーパーアリーナ(山田俊介撮影)
ノニト・ドネアを攻める井上尚弥(右)=さいたまスーパーアリーナ(山田俊介撮影)

 早いもので、もう12月だ。今年のスポーツ界を振り返って最大の衝撃は何だったか。個人的には井上尚弥がフィリピンのノニト・ドネアと戦ったワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)のバンタム級決勝を挙げる。

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 圧倒的な強さで世界を驚嘆させてきた若きモンスター井上と、5階級制覇の偉業を誇るがすでに盛りを過ぎたドネアとでは、井上優位は動くまいと、誰もが思ったろう。

 だがドネアの強烈な左フックが2回に井上の右目上を裂き、眼窩(がんか)底骨を割った。以後はドネアが二重に見えてどちらを打っていいか分からないと、井上は右のガードを上げて右目の視界を塞ぎ、ドネアを1人に絞ったのだという。

 そしてついに11回、井上の左ボディーフックが肝臓を突き刺し、ドネアは苦悶(くもん)の表情で座り込んだ。それでも立ち上がったドネアは最終12回も声を上げながら壮絶に打ち合い、ゴングを聞いて井上と抱き合った。

 これほど壮絶で、激しく心を揺さぶられた、美しい試合があったろうか、と思う。見終わった後は、全身筋肉痛の疲労感に襲われた。

 試合前から、互いが互いを尊敬する言葉が飛び交った。判定にもつれ込んだ拳の応酬は、井上の新たな凄(すご)みと魅力を引き出した。

 それは、ドネアの功績である。好敵手の存在なくして真の輝きは得られない。

 ドラマは試合後も続いた。ドネアは「息子にトロフィーを見せると約束していた」と泣きながら一晩だけ貸してくれと、井上に頼み込む。ムハマド・アリの名を冠した大事なトロフィーを、井上も簡単に貸してしまう。

 ドネアは宿舎で6歳と4歳の息子とともにトロフィーを囲み、「イノウエ選手おめでとう」と祝福する動画をツイッターにあげた。

 これぞ、ノーサイド精神の発露といえたろう。

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 「ノーサイド」は試合終了を意味するラグビー用語である。ただし本場の英語圏ではすでに死語に近く、単に「フルタイム」と称される。なぜか日本のラグビー界にのみ、古風な「ノーサイド」の用語が残った。

 列島をくまなく興奮させたラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会は、まさにノーサイドの大会だった。

 肉体をぶつけ合う死闘を終えた選手らは、必ず互いに歩み寄った。勝者が敗者の肩を抱き、敗者が勝者を称賛するシーンを何度もみた。

 日本代表がアイルランドやスコットランドの伝統国を破った大健闘だけがファンの興奮を呼んだわけではない。

 外国同士の試合会場もほぼ満員の観客が声援を送った。ラグビーという、競技そのものの魅力に酔ったのだと思えた。そしてその環境を作り上げた殊勲者は、各会場のボランティアだった。

 「素晴らしかった大会の終幕を汚した」として、決勝で南アフリカに敗れたイングランドへの批判を今も聞く。

 表彰式でイングランド選手の何人かは銀メダルを首に掛けることを拒絶し、多くの選手は表彰台を降りるとすぐに首からメダルを外した。

 よほど敗戦が悔しかったのだろうが、確かに褒められた行為ではない。

 ただし南アの選手らが歓喜を爆発させた長い表彰式の間中、イングランドの選手らは少し離れた場所で隊列を作り拍手を送り続けた。敗戦は許せなくても勝者への祝福は忘れなかった。テレビ中継には映らなかったようなので、そのことは記しておきたい。

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