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【日曜に書く】若冲はウミテングを見たか 論説委員・山上直子

 ◆紀州に残る絵

 応挙も蘆雪も若冲と同時代の絵師だ。寺はいずれも臨済宗東福寺派の禅寺で、蘆雪が滞在して絵を描いたことで知られる。普通に考えれば、京都から赴いた住職らが持ってきたか、その交友関係から若冲の絵がもたらされたか…。

 草堂寺の書画の資料目録にこんな記述を見つけた。当時の草堂寺住職が出羽国の人から若冲画を手に入れ、興国寺(由良町)の僧に贈った際の詩が、興国寺の文献に残るという。そこには若冲と親しい大典の名も散見され交流をしのばせる。

 ところで、近年、若冲について新たな事実が分かってきた。京都錦小路青物市場が営業停止に陥る騒動があり、「町年寄」を務めた若冲は、江戸へ訴え出ることも決意し市場を守ったというのだ。従来のイメージとは随分違う若冲の姿である。

 若冲はもっと行動的な人ではなかったか。紀州旅の可能性は。想像は膨らむが、残念ながら、謎はいまだ謎のままだ。(やまがみ なおこ)

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