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【日曜に書く】論説顧問・斎藤勉 サハロフ没後30年と壁崩壊

1989年11月9日、東西ドイツの国境開放後にベルリン・ブランデンブルク門前の「ベルリンの壁」の上に立つ人々(DPA提供・AP=共同)
1989年11月9日、東西ドイツの国境開放後にベルリン・ブランデンブルク門前の「ベルリンの壁」の上に立つ人々(DPA提供・AP=共同)

 欧州議会が旧ソ連の反体制・人権運動の精神的支柱だった物理学者、アンドレイ・サハロフ博士を称(たた)えて創設した「思想の自由のためのサハロフ賞」が、今年は中国・新疆ウイグル自治区出身の経済学者、イリハム・トフティ氏(49)に授与された。習近平政権下、自らのネット上でウイグル族の人権抑圧や差別化などの実態を発信して5年前に逮捕、「国家分裂罪」で無期懲役の判決を受け服役中だ。同議会のサッソリ議長はトフティ氏の釈放を強く求めたが、中国当局は「テロ分子に加勢はしない」と拒否した。

 昨年の受賞者はロシア・プーチン政権によるクリミア併合への抗議活動を展開してロシアで収監されていたウクライナの映画監督、オレグ・センツォフ氏(43)だった。9月、解放されはしたが、やはり「テロ攻撃」を計画したなどと断罪された。

 米国はじめ国際社会の糾弾を浴びている、中露の独裁政権の「ウイグル」「クリミア」を直撃する欧州議会の英断だった。

 ◆「明日は厳しい闘いに」

 ベルリンの壁崩壊から1カ月余りの1989年12月14日夜、サハロフ博士は68歳で急逝した。「サハロフ賞」はその1年前に創設されている。「水爆の父」といわれながら核と核競争の危険性を毅然(きぜん)と批判、同時に「共産党独裁の打倒」に半生を懸け、博士自身は75年にノーベル平和賞を受賞した。

 89年は東欧共産圏諸国が雪崩を打って瓦解(がかい)し、12月初めにはゴルバチョフ・ソ連共産党書記長とブッシュ米大統領が地中海のマルタで米ソ「冷戦終結」を宣言したばかりだった。東欧はおろか世界中に一種のユーフォリア(強い高揚感)が広がっていたが、博士は冷めていた。

 「明日は厳しい闘いになる」

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