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【スポーツ茶論】一つの英断が歴史を変えるとき 蔭山実

ラグビーW杯2019日本大会で、日本の慣習にならってスタンドに向かっておじぎをするウェールズフィフティーン=味の素スタジアム (山田俊介撮影)
ラグビーW杯2019日本大会で、日本の慣習にならってスタンドに向かっておじぎをするウェールズフィフティーン=味の素スタジアム (山田俊介撮影)

 1977年9月、一人の日本人青年が海を渡った。新聞記者を辞めた後、1年がかりで、冷凍食品を配達するアルバイトをしてためたわずかばかりの渡航費用。デンマーク行きのパキスタン航空に飛び乗り、降りた先からは列車と船を乗り継ぐ。ようやくたどり着いたところが、英国南西部のウェールズだった。

 「その2年前に大阪の花園ラグビー場でウェールズの試合を見て、そのすごさに驚き、この国にぜひ一度行ってみたいと決めたんです」。青年の名は、徳増浩司。当時24歳。ラグビー・ワールドカップ(W杯)2019組織委員会の事務総長特別補佐を務めた、その人である。

 2週間のつもりとはいえ、憧れの地に来てもあてはなし。まずは寝泊まりできるところを探そうと、ガイドブックで知った大学の寮の世話になるが、せいぜい1週間まで。次に見つけたのが、「家、部屋、庭の掃除をしてくれたら、ただで部屋を貸します」という新聞広告。さっそく行ってみると、「面接に来たのはきょうで5人目よ。でもあなたが一番、真剣そうね」。家主のおばさんはそう言って部屋を貸してくれた。

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 ラグビーW杯日本大会の開幕に合わせてウェールズ・オンラインがこの旅の様子を伝えた。42年の時を超えてW杯を日本にもたらす源にあったと考えてのことだろう。

 さて、旅の目的、ラグビーはどうなったのか。ここでも予期せぬ展開が待っていた。大学の寮に近い中学校でラグビーの練習風景を見つけると、近寄って写真を撮り始めた。「何をしているんだ」と体育教師。ウェールズのラグビーが好きで日本から来たと言うと、「ラグビーを学びたいなら、最高の場所に連れていくよ」と、車に乗せられた。

 着いたのは近くの教育大学。その学長が日本の体育に興味があり、「教科書を翻訳してくれたら、講義の聴講を許可する」と。ラグビーチームへの参加も認められ、タックルがうまかったことから、「神風コウジ」の異名まで取るようになった。

 家庭教師やアルバイトで生活をつなぎ、旅はもはや旅ではなくなった。公園で夕暮れまでタッチラグビーをしている子供たちの姿にウェールズラグビーの神髄を見た気がした。帰国するときにはすでに2年がたとうとしていた。

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 W杯の期間中、徳増さんに会う機会があった。ウェールズ政府が東京・新宿でイベントを開催したときのことだ。ウェールズ・オンラインの記事が出たからか、来日した元ウェールズ代表、シェーン・ウィリアムズさんのトークショーに徳増さんも同席した。

 「自分にとっては、ウェールズでの滞在経験が招致活動に役に立ったので、日本大会の成功はうれしい」。徳増さんはそう話していた。1回目の招致活動当初、ロンドン特派員として招致の失敗を報じたが、その後の徳増さんの後押しと招致の実現を思うと感慨深い。

 「ウェールズ人はフレンドリーで、会った瞬間に友達になれる」。あの2年間を過ごした人の言葉だろう。そして日本大会には、「海外の人と日本人がどこでも交流している」。これがW杯の一番の意義だと語った。

 「あのとき花園の試合を見ていなかったら、ウェールズでの2年間もW杯の招致にかかわることもなかった」。それはすなわち、日本開催もなかったということかもしれない。ウェールズで学んだことが後に、高校のチームを日本一に導いた。あの英断のもたらした幸運の連鎖がいま、日本を変えようとしている。

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