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ニュース コラム

【日曜に書く】小さな出版社、孤高の戦い 論説委員・森田景史

 1冊の本が届いた。

 「新刊をお送りしようと思います。気に入った内容なので差し上げたいと存じます」

 本の間に挟まれた一筆箋に、そう書かれていた。岩崎幹雄さん(82)というベテラン編集者からのお便りだった。

 クリーム色の無地の装丁には、著者の筆になる題字が記されている。『Anglo-Saxon(アングロサクソン)文明落穂集(9)』。2年前に他界した上智大学名誉教授、渡部昇一さんの論文集だ。発行元の「広瀬書院」は、岩崎さんが大津市の自宅に構える小ぶりな出版社で、主に渡部さんの著作群を再編して世に出している。

「知の巨人」に傾倒

 酒席にご一緒する度、「採算が取れるとは思っていません」と老編集者は口元に品のよい笑みを浮かべていた。東京・東池袋のなじみの蕎麦(そば)屋で、板わさを肴(さかな)に杯を重ねるのが決まったコース。目元がほんのり酔いを帯びる頃に渡部さんとの思い出話が始まり、熱した口調はやがて「保守論壇の巨匠」譲りの憂国論へと傾く。10月にお会いしたときも、そうだった。

 以前は教科書を手がける出版社に勤めていた。ロッキード事件裁判をめぐり、立花隆氏を相手に論陣を張る渡部さんの鋭い筆鋒が胸に刺さり、著作や雑誌の寄稿文、エッセーなどをひとわたり手に入れた。傾倒は強まり、寄稿の依頼書をファンレター代わりに送ってもいる。幼児教育の本だったが、日を置かずに「書かせて頂きます」と返ってきた。若い頃の苦労で、腰がヘアピンのように曲がった母親の思い出話だったという。

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