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【朝晴れエッセー】今生の別れ・11月9日

 「これが今生の別れになるかもね、アハハ」

 冗談のつもりで私は軽口をたたいた。1週間後の渡米を前に里の母を自宅に招き、昼食を共にした。好物のちらしずしを前に「気をつけて行ってらっしゃい」と母は一笑に付した。それから10日後に、まさか本当のことになるなんて。

 15年前の秋、それまで30年間勤めていた仕事を辞めた。心身共に疲れ果て、50を前に中途退職した。1カ月ほどは家事に専念していたが、以前から興味のあった資格取得のための語学留学の旅を計画。夫から2カ月の暇をもらい出かけることにした。

 オレゴン州ポートランドの街並みは輝くばかりの紅葉真っ盛り。英語学校にもホームステイ先にも慣れ始めた頃、家から電話が入った。

 母が急死した。タクシー乗車中の事故だった。8人の子どもを産み育て、88歳の年まで大病もせず、手芸が得意であんなにピンピンしていたのに。

 急ぎ帰国の便を手配した。当然学校もやめた。早く帰らなければ。飛行機の中では一睡もできず、まんじりともせず座席に身を委ねていた。

 結局、火葬には間に合わなかった。死に目にも会えず、お骨も拾えなかった親不孝をわびるしかなかった。こんな別れ方があるなんて。写真の母は笑っている。

 荼毘(だび)に付される姿を見ていない母の最期は笑顔のままだ。

 庭の金木犀(きんもくせい)が甘く香る頃になると、あの日のあの一言がよみがえり、悔やまれる。

齊藤 こづえ 64 茨城県守谷市

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