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【スポーツ茶論】五輪に物語を 別府育郎

前任の鈴木俊一氏(左)から引き継ぎ書を受けとった、橋本聖子五輪相=9月12日、東京・永田町(寺河内美奈撮影)
前任の鈴木俊一氏(左)から引き継ぎ書を受けとった、橋本聖子五輪相=9月12日、東京・永田町(寺河内美奈撮影)

 2020年東京五輪・パラリンピックの担当相に橋本聖子参院議員が就任した。

 五輪相は政界における五輪の顔だが、これまで内閣改造のたびに交代を繰り返し、その存在感はあまりに乏しかった。全員の名を順に挙げられる人など、果たしているか。

 1964年の東京五輪でも担当相を置いた。歴代の顔ぶれは、川島正次郎、佐藤栄作、池田勇人(首相兼任)、河野一郎の各氏である。重量級といってよく、今回大会の歴代との差は明白である。

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 橋本氏は重量級とはいえないが、五輪の申し子として誰にもないドラマを持つ。

 スピードスケートと自転車で夏冬7回の五輪に出場し、1992年アルベールビル大会では、冬季五輪史上日本女子初となる銅メダルを獲得した。選手としての経歴だけではない。「聖子」の命名にも物語がある。

 橋本氏の誕生日は1964年10月5日、東京五輪開会式の5日前である。父親の善吉さんは後に、競走馬マルゼンスキーの生産者として知られるようになる。娘の名を決められぬまま開会式を迎え、善吉さんは国立競技場のバックスタンドで観覧した。

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